『世界最強だった日本陸軍 スターリンを震え上がらせた軍隊』
[著]福井雄三
[発行]PHP研究所
渡部昇一
(上智大学名誉教授)
日本を未曾有の敗戦に至らしめた元凶が軍部の専横にあったとして、戦後「陸軍悪玉論」「海軍善玉論」がだいたい世間の評価になっているようです。たしかに戦前は、とくに二・二六事件以降、陸軍の政治を動かす力が巨大になり、日本はあたかも陸軍に占領されたかのごとき姿であったと、故山本七平氏もいっています。戦前の日本を悲運にみちびいた一つの大きなきっかけは三国同盟でしたが、その三国同盟は大要、海軍の反対を押し切ってなされたものです。その点において、陸軍悪玉論・海軍善玉論は正当といえます。
ところが、実際に戦争が始まってのちのことになると、たしかに日本海軍に勝つ可能性がなかったわけでもない。たとえば真珠湾攻撃の際に第三次攻撃によって石油タンク群を爆破しておれば、その後の空母発艦のドゥーリットル爆撃機による本土空襲、あるいはミッドウェー海戦もなかったであろうということは、戦後に発表されたニミッツ米海軍提督の回想録でも明らかです。
他方、個々の戦場において、陸軍はじつによく戦いました。負け戦だった場合も、陸軍に敗因があるものはほとんどなく、多くは補給を断たれたためでした。補給が断たれたのはすべて海軍の責任です。この点から見れば、日本の陸軍の強さはあらためて評価されるべきものだと思います。
陸軍の個々の将兵の頑張りぶりは、まさに称嘆すべきものでした。あれだけ広がった戦場において、しかもどこでも補給が断たれていたにもかかわらず、たとえばスターリングラード攻防戦におけるドイツ陸軍のごとき集団的な投降をした例が絶えてなかったことも特筆に値するといえるでしょう。その見地から、日本陸軍の強さを讃える今回の福井氏の著書は貴重なものだと考えます。