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続・ビジネス金言集 劣等感をバネにして
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エターナル・ナウ (eternal now=永遠のいま)

『続・ビジネス金言集 劣等感をバネにして』
[著]扇谷正造 [発行]PHP研究所


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 死んでから評判がよくなるという人は少ない。とくに政治家の場合はそうだが、大平正芳前首相などは、その数少ない例かも知れない。元気なころは
〈大平さん、田中なければ、ただのアー・ウー〉

 などとからかわれた。事実、田中元首相とは盟友の関係で、氏が総理総裁になり得たのも田中派のバック・アップによる。それ故世間では“大平/角影内閣”などと称したりした。しかし、このアー・ウーも、実は慎重な首相が、正確で美しい日本語を選びだすためのマだった、という説も死後には書かれている(55年6月14日・サンケイ新聞『正論』・香山健一氏)。あるいは、そうだったかも知れない。普通の会話にはアー・ウーはほとんどでなかったようである。

 得 病 更 知 旧 友 情

 明 常 思 長 夜 之 愁

 は、入院中にしたためた絶筆といわれるが、この長夜之“愁”は、いったい、何だったろうか。サミット会議出席のこともある。当面、ダブル選挙に勝ち抜くということもその一つなら、だんだん差し出がましくなってくる目白の指令? をどのようにハネつけ調整するかという思いもあったろう。

 事実、内閣人事について、目白からしばしば電話がかかって来たが、晩年には、夜半の電話には、ほとんど出なかったといわれている。

 しかし、長夜之愁の最大は、首相として、日本の方向をどこへ持って行くべきかということでもあったろう。歴史的に見て、大平内閣に課せられた命題とその展開ということである。

 池田首相は歴代内閣の抽象的なお題目に対し「高度成長=所得倍増」という具体的な“眼”を入れた。それは吉田内閣の平和会議につぐ、すぐれた政策であったし、事実、日本はそれによって大きく前進した。しかし、この政策も石油ショックによって挫折した。

 佐藤内閣の後をうけた、つづく田中、福田、三木内閣は、それに対して福祉政策と公共事業費のバラまきに終始した。財政は破綻し、日本経済は大きな曲り角にきた。その舵をどう取るか? 安あがりな“小さな政府”への転換、日本の国際的役割の明確化、田園都市構想や、文化の時代、地方の時代の幕あけなど一連のプログラムの底に流れているものは、財政再建という課題であった。

 それは、生産にかけていた税金を消費にもかけ、日本国家自身が年金国家へ転廻するということだった。その目的は、一般消費税の形で出されたカネは死後に戻ってくる、いわば“カムバックする税金”ということだったが、せっかくの増税案は、無責任な野党と、党内反主流派のためにつぶされた。タイミングも悪かった。

 もう一つの試みは自民、公明、民社、新自由クを結ぶ保守合同政権ということだった。それは、まさに、新しい日本の政治の幕開けを意味していたが、氏の急逝によって、選挙は弔合戦の意味をもち、自民は圧勝し、逆に大平構想は二歩も三歩も後退させられた。運命の皮肉というより外はない。


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「エターナル・ナウ」ということばは、アメリカの神学者ポール・ティリッヒ(P. Tillich)の説教集の書名である。クリスチャンである氏は、つねにこの書を傍らにおいたといわれている。「永遠のいま」ということばは「今日一日に全力をつくす」ということである。その時、それは永遠のものとなる。

 アメリカのもう一つのことばに「神は萬人(ばんじん)にひとしく一日二十四時間という時間を与え給うた。過ぎ去ったきのうの二十四時間は、手にするすべもない。あすの二十四時間はまだ手にしていない。いま、手にあるきょうの二十四時間をいかに有効に使うか。人生の勝負はそこにある」というのがあるが、同様なことをいったものである。若いころ苦学した氏は「愚直に生きる」ことをモットーとしたといわれるが、誠実こそは氏の取柄であった。

 氏が池田内閣の官房長官の時、三井不動産社長の江戸英雄氏は、すすめる人があって政界出馬にいささか心が傾いた。(とにかく)というので、旧知の大平官房長官を訪ねたら
「よしなさい。なんのメリットもありません。もし出るなら私の身体をふみ越えてからになさい」

 といって、出入口に大手をひろげて立ちふさがったといわれる。江戸氏は三井財閥の大御所で、いわば金ヅルである。それに対し敢えて、反対するところが、氏の誠実さということだろう。


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 死の直後、官邸には二冊の大平ノートが残されていた。首相就任直後、森田秘書官が首相の求めに応じて買い整えた革表紙の卓上日記である。それには、折々の首相の心境がメモ風に綴られていた(55年7月23日・朝日新聞ほか)。

 ――求め得難きものを得ようとして焦ったりするな。失われて回復しようのないことを悔やむな。信じ難き話を信ずることなかれ。

 ――百点満点主義の人には、民主主義はわからない。

 〈十 訓〉

 一、心懆振舞を定むべし。

 一、驕慢を(はな)るべし。

 一、人倫侮るべからず。

 一、多言戒むべし。

 一、朋友選ぶべし。

 一、忠直存すべし。

 一、思慮を専らにすべし。

 一、諸事に堪忍すべし。

 一、懇望(とど)むべし。

 一、才能を庶幾すべし。

 〈為政三部書〉

 一、身を修めること。

 二、賢者を用ふること。

 三、民を重んずること。

 四、先々に心すること。

 五、ととのへ、和らげること。

 六、(うらみ)を受けて恐れぬこと。

 七、同僚の(そしり)を我も分つこと。

 八、変に応ずること。

 九、忠言をたてまつること。

 十、いつやめるか。

 思うに十項目めの「いつやめるか」は「長夜之愁」の中で、いつも氏の胸中を去来したものでもあったろう。死の直後、アメリカのカーター大統領は「私の知る限り、大平首相は最も心温かい人間の一人であり、私は氏の判断と助言に全幅の信頼を置いていた」と述べていた。知己の言というべし。


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