読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
100
kiji
0
0
1156294
0
続・ビジネス金言集 劣等感をバネにして
2
0
0
0
0
0
0
ビジネス
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
エッセイスト・クラブ賞の今昔

『続・ビジネス金言集 劣等感をバネにして』
[著]扇谷正造 [発行]PHP研究所


読了目安時間:28分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


       1


 ことし(一九八〇年)、第28回のエッセイスト・クラブ賞も、六月十六日にきまった。入選作は三国一朗『肩書きのない名刺』(自由現代社)、太田愛人『羊飼の食事』(築地書館)、小松恒夫『百姓入門記』(農山漁村文化協会)の三篇だった。

 今年もまた第一、第二、第三次の審査会のたびごとに、〈いったい、エッセイとは何か〉ということが、くりかえして論議された。

 亡くなった坂西志保さん(審査委員長であった)によると、それは「定義は非常に難しいですけれども、実は試みる、ためしてみるということなのです。日本では随筆、随想といわれておりますが、結局、文は人なりで、ご本人の人格がニジミ出ているもの、その人でなければ書けないもの」ということだった。しかし、この定義では広すぎる。詩、文学、絵画、彫刻、音楽などあらゆる芸術作品は、「その人でなければつくれないもの」だからである。

 ある委員によれば、「それはその人の人生経験の中から、酵の結果シタタリおちたもの」という発言があったが、これではまるで上出来の酒か葡萄酒みたいになってしまう。

 古典的ないい方としてはチャールズ・ラムの『エセイーズ・オブ・エリヤ』をもって、エッセイのはじまりであると同時に終りであるとする説があるが、それでは現代のエッセイは、ぜんぶダメということになってしまう。

 しかし、全体としては、坂西さんのいうように、これは「試論」あるいは「随想」ということになるようである。モンテーニュの随想録というのがあるが、随想を筆にのせたのが随筆で、その意味ではエッセイ=随筆というのは、日本語には珍しい適訳といえるかも知れない。要するに、つれづれなるままに、心にあるいは頭に浮んだ想いということである。兼好法師の『徒然草』は、その典型的なものといえる。

 ロンドン・タイムスには、今はどうか知らないが、ザ・フォース・リーダー(第四社説)というのがあった。第一社説は国際(外交)であり、第二社説が政治、第三社説は経済、第四社説がつまりエッセイにあたるものではないかと、いわれている。いつか第四社説を開いていたら、パタン、パタン(Pattan Pattan)という題の社説が出ていた。「表のドアがパタン、パタンと鳴る。外は風らしい。一定のリズムでくりかえしているその音を聞いているうち、とめどなく思いが湧いてきた……」という書き出しで、見事な社会時評風のエッセイを綴っていた。私は(ハハア……)と思ったことを思い出す。といって、これでもまだ不充分である。そこで、この27回までに、いったいどんな作品がエッセイスト賞をうけてきたか。その一覧表をお目にかけた方が、あるいは早わかりするかも知れない。

 第1回(昭和28年)=市川謙一郎『一日一言』、吉田洋一『数学の影絵』、内田亨『きつつきの路』

 第2回(同29年)=島村喜久治『院長日記』、秋山ちえ子『私のみたこと聞いたこと』、須田栄『千夜一夜』

 第3回(同30年)=木下広居『イギリスの議会』、片山広子『灯火節』

 第4回(同31年)=小林勇『遠いあし音』、清水一『すまいの四季』、藤田信勝『不思議な国イギリス』

 第5回(同32年)=小熊捍『桃栗三年』、中西悟堂『野鳥と生きて』、森茉莉『父の帽子』

 第6回(同33年)=大牟羅良『ものいわぬ農民』、佐々木祝雄『三十八度線』、松村緑『薄田泣菫』

 第7回(同34年)=竹田米吉『職人』、曽宮一念『海辺の熔岩』、村川堅太郎『地中海からの手紙』
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:12467文字/本文:13906文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次