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ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか?
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エンタメ
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はじめに

『ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか?』
[著]細田昌志 [発行]イースト・プレス


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 (そう)(こう)の妻。

「貧苦の時代から苦労を共にして来た妻」


 と岩波の辞書は書く。


 糟は酒かす。糠はぬか。

「貧しい時代に粗末な食事を共にした妻」


 多くの人が解釈するように、立身する前の亭主を、精神的、経済的に支えてきた妻を指す。


 どこか物憂げな印象を抱かせる故事ではあるが、古代中国王朝の正史二十四史にも含まれる歴史書『後漢書』の中の「宋弘伝」には次のような挿話がある。


 漢王朝を再興すべく、動乱の末に天下統一を成し遂げた後漢初代皇帝の光武帝には、若くして未亡人となった姉がいた。光武帝の有能な部下である宋弘をいたく気に入ったその姉は、再婚したいと強く願っていた。姉の希望を叶えてやりたいと考えた光武帝は、宋弘を呼び出して、今の妻と別れて、姉と結婚しないかと勧めた。


 これに対し、宋弘はこう答えるのである。

「貧賤の交わりは忘るべからず、糟糠の妻は堂より下さず」

(貧乏をしていた頃に知り合った友を忘れてはなりません。また、貧乏な生活で苦労を共にした糟糠の妻は、粗略にしてはならないと私は聞いております)


 ここから一般的に「糟糠の妻」という言葉は広く知られ、独り歩きし、便宜的に使用されるようになった。つまり、物憂さを示す比喩などではなく、

「糟糠の妻は捨ててはならない」


 という美徳を、毅然とした宋弘の姿とともに、世に示した立派な格言といえるのだ。


 にもかかわらず、糟糠の妻を容赦なく打ち捨てる成功者は今も後を絶たない。彼女たちへの感謝を、彼らは忘れたのだろうか。


 彼らに離婚の決断をさせたのは単に女性の誘惑だけだったのか。それとも、見る世界や住む世界が変わったことで、価値観の違いが顕在化したからか。


 そのいずれも正しく、そのいずれも的外れな気がする。なぜなら、どんなに環境が変化しようと、糟糠の妻を捨てない成功者も少なからずいるからだ。


 天才コメディアンとして、一九七〇年代から一九八〇年代のテレビ界を席巻した萩本欽一。彼は下積み修業時代を支えた女性と結婚、三児をもうけ現在まで離婚することはない。


 一九八〇年代の漫才ブームの牽引役にして、近年では自伝的小説『佐賀のがばいばあちゃん』を大ヒットさせた島田洋七。彼も高校卒業後、地元から駆け落ちした女性と結婚。現在も離婚せず、夫婦関係は今も安泰だ。


 彼らは、いくら見る世界が変わろうと、価値観が違ってこようと、何があろうと、

「連れ添った妻と別れるほどのことはない」


 という、宋弘と似通った哲学を持っているのではないか。そう筆者は推察する。



 ところで──、

「糟糠の妻」


 と聞いて、現代社会において一番に思い浮かぶのが、

「ミュージシャン」


 かもしれない。


 もちろん、俳優や芸人を連想する人もいようが、

「売れないバンドマンを支える」


 という印象の問題が大きくある。

「いつかビッグになるから、おれに付いてきてくれ」


 という歯の浮くような科白は、俳優や芸人よりバンドマンにこそ相応しい。確かに、成功して得られる金額の大きさは、俳優や芸人の比ではないかもしれない。創作することで得られる印税報酬があるからだ。


 それをして、発展途上の暗さを消した彼らの気分は昂揚し、向上心も肥大化する。

「あの人と一緒に夢を見たい」


 そう思って、彼らに惹かれる女性が後を絶たないのは、夢がないといわれる今の時代において当然のことだろうと筆者は痛感する。



 そんなようなことを、つらつらと考えていた二〇一六年の初頭に、日本中を騒がせたあの事件が起こる。


 ロックバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル川谷絵音と、人気タレントのベッキーによる不倫、略奪愛騒動である。


 売れない時代を支えてきた女性と一昨年の夏に結婚した川谷だが、その年の秋にベッキーと知り合い、二人は恋愛関係に陥ってしまう。程なくして、正月に川谷が自身の実家に不倫相手のベッキーを招待するという、驚愕の展開を自ら作り出す。


 しかし、川谷夫人が週刊文春に事の次第を打ち明けたことで、話は急展開を見せる。


 川谷とベッキーのLINEのやりとりを露見させるというまさかの反転攻勢に、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。これによりベッキーの目論見は失敗。謹慎に追い込まれた挙げ句、予想されたことだが、川谷との仲にも終止符が打たれた。


 これまで、泣き寝入りすることの多かった糟糠の妻が、不倫亭主に一矢報いたことが特筆されるこの事件だったが、亭主に裏切られた事実だけは、結局のところ動かしようがない。


 このように、糟糠の妻を捨てる若いミュージシャンは、恒常的に増えていく可能性は否定できない。なぜなら、手本となるべき多くの先達には事欠かないからだ。


 なぜ、彼らミュージシャンは糟糠の妻を捨てるのか。


 彼らには、共通する性格的な欠陥があるのだろうか。


 それとも、その数の多さから見て、彼らと結婚する女性に何かしら共通する問題でもあるのだろうか。


 そんなさなか、いみじくも、本書のタイトルと極めて似た表題のブログ記事を見つけた。フリーライターである仁科友里氏のブログ「もさ子の女たるもの」である。二〇一〇年一〇月一三日更新分に、

「大物ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか」


 という表題の記事がある。本書より七年も前にこのテーマで分析を加えていたことを思うと、(けい)(がん)というほかない。ついでながら本書は、表題、内容共に、この記事から引用したわけではないことも、ここに付記しておく。


 気になる内容を一部抜粋して紹介する。



 大物ミュージシャンって売れると、不遇時代の奥さんとか子供をあっさり捨てて芸能人と結婚しますよね。ミスチルとかGLAYとか。あんなにいい音楽つくっておいて、人としてどうなのよとか、支えてくれた人をポイ捨てするなんてひどいという意見が出るでしょうが、多分、このあたりに関しても男と女は全然考えていることが違う気がします。(中略)


 女(大物ミュージシャンの彼女)は、自分が支えたという自負があり、辛い時代を乗り越えたからこそできた絆があると思っていますが、男(大物ミュージシャン)は自分が売れたのは、彼女の献身もあるけれどそれは1%くらいで、何といっても俺に才能があるから、売れたんだ! と思っている。だから、そんなに恩義を感じていないわけで、あっさりと違う人に乗り換えられるんですよ。



 その側面は否定できなくもないが、必ずしも、それだけではないと思う。


 人間である以上、糟糠の妻と別れたミュージシャンの中には、妻に対して恩義を感じ、罪悪感も人並みにある人物だっているだろう。いや、むしろ、離婚したことと、恩義を感じていることは、別の問題のような気がする。


 彼女がブログで指摘するように、全員が全員、恩義を忘れ、過去に支えてくれた妻や恋人を容赦なく打ち捨てる冷酷無比な薄情者ばかりであれば、糟糠の妻と離婚した大物ミュージシャンは、すべて性格的に問題があって善人は皆無ということになってしまいかねない。はたして、そんな短絡的な問題なのだろうか。


 では、誰が善人かと訊かれて、すぐ回答できないのが痛いところではあるが、糟糠の妻を大事にしていたが、やむをえず別れたミュージシャンだっていたかもしれない。


 つまり、芸風や気風が千差万別であるように、理由も等しく同じというわけでもないのではないか。彼らには彼らなりの離婚事由があったはずなのだ。


 そこで──、


 筆者は糟糠の妻と別れた、名だたる人気ミュージシャン五名を列挙し、そのときの経緯を一から調べることで、改めて考察を加えてみた。


 生いたちから、音楽の世界に足を踏み入れるまでを前史とし、結婚したときの状況から、成功を収め、離婚したときの様子まで、できうる限り()(そく)した。


 多くの人たちは、糟糠の妻を捨てた彼らミュージシャンを責める側に回る。特に女性はその傾向が顕著であろう。そのこと自体は致し方ないと思う。


 しかし、筆者はあえて冷静に、公平な立場を心がけて筆を執った。


 どのタイミングで悲劇は避けられたのか、本来ならどうすればよかったのか。それらを、僭越ではあるのだが、筆者の主観で検証してみた。また、一般人の名前は、引用文献を除いて、なるべく活字にはしないで伏せることも心がけた。


 これらのことを進めていくうちに、あらゆることが判然となった。深刻な問題も露呈した。


 とにかく──、本書を手にした多くの方々が、これを最後まで読まれることで、

「糟糠の妻を捨てたミュージシャンのすべてがすべて、同じ理由ではない」


 という見地に立ってほしいと思う。そして、その一助となれば筆者も幸いである。

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