ストックホルム武官室には、白系ロシア人と称する大柄の外国人、ペーター・イワノフという人物が出入りしていた。背が高く品がよく威厳を持ったこの男は、実はロシア人ではなくポーランド人であった。独ソの侵攻でロンドンに亡命を余儀なくされたポーランド参謀本部きっての大物インテリジェンス・オフィサー、ミハール・リビコフスキーである。満洲国パスポートを持った満洲生まれの白系ロシア人として武官室で通訳官兼主任として働き、小野寺に貴重な情報を提供していた。
独ソ開戦をつかむ最後の決め手になったのは、リビコフスキーの情報だった。
ベルリンで暗躍していたリビコフスキーの部下が(ベルリンの)満洲国(公使館)を通して、日本のクーリエ(外交特権の一種として税関などで確認されない外交行嚢を使用して運搬する外交伝書使)を使ってスウェーデンに有力情報をもたらした。