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日本の総理学
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政治・社会
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まえがき

『日本の総理学』
[著]中曽根康弘 [発行]PHP研究所


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 最近、私は、戦前と今日の政治状況が奇妙に符合していることに危惧しています。

 それは、一九三六(昭和十一)年の二・二六事件前後から大東亜戦争で敗戦を迎えるまでの間と、世界では東西冷戦が終結してから、日本ではバブルが崩壊してから後の十年あまりのことです。

 この二つの時代では、日本政治が漂流していたといっていいでしょう。ともにこの間、総理大臣の十人近くが次から次へと登場しては消えていきました。政治リーダーが、国家の基本政策をないがしろにして、大衆の顔色ばかり気にするという、ポピュリズム政治がはびこっていたのです。

 現代は、戦前のようにファシズムが台頭する心配はありませんが、大衆の熱狂というものは、いつ何時(なんどき)火を噴き、政治を巻き込むか知れません。政治というものは、かつて起こしたような過失を同じように犯す恐れをつねに内包しているのです。舵取りをするリーダーの資格や条件が厳しく問われるゆえんです。

 二〇〇四年七月の参議院選挙では、自民党は、民主党に、たとえば比例票では四三〇万もの差をつけられ、敗北しました。その前年の十一月に行われた衆議院選挙に続いて比例票では連敗です。

 敗因のひとつは、たぶん本人も責任を感じていることと思いますが、小泉(純一郎首相)君の年金問題における「人生いろいろ」発言に象徴される、誠実さに欠けた態度にありました。小泉君が三年前に「自民党をぶっ壊す」と言って登場してきたのは、すでにご承知のとおりです。今日、日本は大転換期にある。自民党も変わらなければならない――私も、そうした認識から彼を応援し、政権運営などについてたびたびアドバイスしてきました。

 ところが、意地っ張りなのか、彼は、あまり耳を傾けようとはしませんでした。言うなれば、参議院選は、そうした増長にお灸をすえる票をして民主党を勝たせる結果になったのです。決して民主党の政策が良かったからではありません。反射的に民主党に票が集まっただけなのです。律儀で生真面目な性格の岡田(克也民主党代表)君は、このことを自覚する必要があるでしょう。
「政治家は大衆消費用の高度な演技者である」と喝破(かつぱ)したのは、英国の政治学者ハロルド・ラスキです。リーダーたる者、政治をわかりやすく国民に伝えるためには、ある程度のパフォーマンスは必要です。しかし、それは確たる信念と哲学に裏打ちされたものでなければなりません。そのためには、ふだんから目測力と、結合力、そして説得力を磨いておかなければならないのです。

 二十一世紀の日本をどうするのか――これからの政治リーダーは、この一点を見据えつつ、さまざまな課題に果敢に挑戦していかなければなりません。その考え方の中心には、日本人の自前の憲法をどうつくっていくか、日本人の骨格を形成する教育をどう見直していくかを置き、米国とは、ただ言いなりになるのではなく、ときには誘導するような関係をつくる、また、中国とは連携しながら東アジア外交を構築する、さらに内政では、少子高齢化にともなう財政改革などの課題に、積極的に取り組む必要があります。

 私は、議員バッジを外しましたが、“中曽根人生劇場・議会篇”を終えたにすぎません。いや、それ以上に、いままた新しい歴史の舞台に立っているのだ、との認識を新たにしています。私のするべきことは、まだたくさんあります。とりわけインターネットや携帯電話で育ったIT(情報技術)世代に、日本人として世界の中で生き抜いていくための、不可欠なアイデンティティや民族の同化力を教えなければなりません。それは、戦後政治のなまなましい現場を見聞きしてきた総理経験者として、今後の日本を背負っていく人材を育てていくことにつながります。

 二〇〇四年七月十九日、総理後継者に私を推していただいた鈴木善幸元総理がお亡くなりになりました。このとき、十七年前(一九八七年八月七日)に総理として、私が岸信介元総理のご葬儀で読んだ弔辞の一節を思い起こしました。それは、あのときの自分自身に向けたメッセージでもあったのです。この言葉を、日本の総理たらんという政治家に、もう一度捧げたいと思います。
「大いなる志を遂げんとする政治家には、毀誉褒貶(きよほうへん)はつきものである。真の政治家は時代時代の宿命を負って行動し、時流におもねらず、国家百年の大計を自分自身の犠牲において断行し、その評価を後世の史家に託して消え去っていくのである」


 二〇〇四(平成十六)年八月中曽根康弘 
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