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日本の総理学
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政治・社会
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エピローグ

『日本の総理学』
[著]中曽根康弘 [発行]PHP研究所


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 人生は宇宙の円環の一部

 総理在任中に私は、毎日曜日の夜には必ず座禅を組みました。その数は一六七回を数えます。座禅を組んだ後、体が分解するように崩れて意識がなくなり、そのうちにほのぼのと温かい懺悔のような気持ちが湧いてくるという経験が二度ほどあります。何か申し訳ないという気持ちと、ありがたいといった両方の気持ちを同時に感じるのです。

 そういう経験をすると、輪廻転生といった、人間には解明できない未知の世界への畏れのようなものを感じるようになります。私はこれを「大宇宙生命哲学」と名付けました。

 私たち人間は、この不可思議な大恩寵に生かされている。その大宇宙は目に見えない大きな秩序によって、物理的物質や生理的生命を誕生させ、人はその中のごく微小部分として、宇宙の運行の大潮流の中で無限進行している。その存在は大宇宙から見たら一刹那(せつな)の存在です。たとえ刹那の存在でも、宇宙を意識して生きていると、目に見えない大きな力や秩序を感じます。このようにあらしめている何物かを神といい仏というのであれば、私はそれを否定しません。この意味で、私は神仏を認識し、感じているのです。

 私は、無神論者ではありません。神仏の恩寵を知り、自らこれを礼拝しています。といって特定宗派に属しているわけでもありません。深淵かつ壮大な釈の教えの実体を巨象にたとえれば、最澄ですら(ひたい)()で、空海ですら口を撫で、法然ですら眼を撫で、道元ですら耳を撫でただけで、象を説いているにすぎないのではないでしょうか。私の場合などは、眼耳鼻舌身にも触らず、もっぱら観念だけで仏の姿を描いているのにすぎないのかも知れません。

 大宇宙はビッグバンで発生し、いまでも無限の膨張を続けているという。私のDNAは、人類および私の祖先のDNAの集積であり、それは子孫を通じて、未来に限りなき前進と伝承を続けていくのだ、と考えています。いわば私の一生は、その無限循環、無限連続の一環にすぎない。生まれ来たって、文化を創り、子孫に伝えて、また走り去っていく。そしてまた因縁あって生まれ来たってくる。自然、動物、植物もまたは大宇宙からともに与えられた仲間であり、「草木国土悉皆成仏」というのは、まさにこうした哲学なのです。


 私はいま(よわい)八十六、最近では、一週間がとても短く感じられる。人生とは、一瞬なんだな、としみじみ思います。

 確かに人生は短いものだが、宇宙の大きな円環の一部を成していると考えれば自分の存在は、「無限への一過程」(in transit to eternity)にあるのです。

 生きているときにつくった縁、たとえば夫婦、子どもとの関係、あるいは会社や何かを通じて知り合ったいろいろな人たち、これらはみな縁という作用でつながっています。この縁もまた、DNAと同じように受け継がれていく。祖先から受け取ったものを人は子孫にバトンタッチする、縁や文化はそうして流れていくのです。

 私は、昭和二十年代ごろから「三縁主義」、つまり「結縁」、「尊縁」、「随縁」という関係を生涯のモットーにしてきました。縁を結んだら、その縁を尊び、その縁に(したが)う。

 縁を結ぶということは厳粛なことでもあります。人生において多くの人とのめぐり逢いは大変嬉しいことですが、他方、お互いに温め合い、睦み合い、最後にゆくりなく「グッド・バイ」を言うとき、「よかったね」と懐かしく別れたいと、私は思っています。縁を尊ぶゆえんです。

 縁に随うというのは、縁を恣意(しい)的に破らないことです。キリストや釈が教えた人倫の規範が、二千年、三千年の生命力を持ち続けているのも、それが、人類社会の心の頼りどころとして受け継がれ、人類社会を平和に幸福に導く灯台として確認されてきたからなのです。心の(おきて)に従って縁を破らないことが、結局、「幸」につながるのでしょう。そして、永い人生でもっとも尊く大切なことは、つねに、平静で穏やかな心、平常心を維持することのように思います。

 座禅では、「無意識の世界」を重要視します。いままで触ってきたもの、読んできたもの、自分で体得したもの、祖先から伝わってきたもの、人類として受け継いできたもの――それらが潜在的に貯蔵されている。つまり「應無所住而生其心」(住するところなきによって、その心を生ずる)の状態です。その場所にとどまっていないところに、本当のものは生じてくるという、仏教でいえば「色即是空」、「空即是色」のことで、「空」の観念であり、知恵の無限の宝庫なのです。

 ある瞬間において、霊験のようなものが(ひらめ)き、そこから新しい理論が生まれることがあります。そうした無意識の世界にわずかに触れ、直観が働いたときに、ノーベル賞級の発明や発見が生まれるのです。

 百五十億年前に宇宙が誕生し、その後、四十六億年前に地球が生まれ、やがて陸と海に分かれました。そして三十八億年前、海に生命が生まれ、その生命が陸へ上がり、しばらくたって人間が誕生し、やがて文明圏=人間圏というものを形成します。われわれは皆仲間なのだという、縁に随っているのです。


 宇宙物理学者の松井孝典先生(東大教授)によると、人間圏は一〇〇億人になると、エネルギーや水、食糧に限界がきて、存亡の危機に直面するといいます。地球の人口は現在六〇億人ですから、いまの趨勢(すうせい)だと五十年後に危機が訪れる。こうした宇宙の空間や時間の概念から人類や文明のあり方を見る発想は、非常に仏教的です。

 われわれは、地球資源を浪費し、使い果たすのではなく、環境と共生する社会に帰ることを考えなければなりません。そのためには、国際関係や生活様式、あるいは思想・哲学まで大きく変えていかざるを得ず、究極的には世界の人口を限界ぎりぎりの八〇億人に抑制する必要があるでしょう。

 人は神に選ばれた民であり、神と一対一の契約が成されている、という西欧の思想は、私には年齢とともになじまなくなりました。論理の一貫性が私の心と照合しないのです。やはり日本人は、東洋思想、仏教的思想に回帰するのが自然なのでしょう。万物との共生を願い、地球の愛護と、人類の平和と、家郷の文化をお互いに尊重し合う――これからは、そうした目的意識を持って、国際連合や人権、資本主義のあり方を変えていかなければならないと考えています。
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