フランスの核政策に関してはタテュ氏以外の人物にもいろいろ話を聞いた。そのひとりはフランス核政策の“ゴッドファーザー”とも評されるフランソワー・デローズ伯爵だった。
デローズ伯爵はもともとは外交官だったが、戦後すぐの一九四六年から国連の原子力委員会のフランス代表部に勤務して、核にかかわりを持つようになった。その後はフランス原子力委員会メンバー、外務省の原子力担当、NATO担当、六二年にはフランス軍参謀総長特別補佐官となった。さらに外務省核問題担当部長、駐NATOフランス大使を経て欧州核研究機構委員長をもつとめた。ドゴール政権が登場する前に、フランスが核兵器開発のためのプルトニウムやウランをひそかに蓄えていたころから核戦略に関係してきた人物である。