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なぜ、あの人の周りに人が集まるのか?
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第1話 おせっかいなオバチャン

『なぜ、あの人の周りに人が集まるのか?』
[著]志賀内泰弘 [発行]PHP研究所


読了目安時間:31分
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ツバメが来ちゃった
 副店長の大沢ユカリは、ブチ切れた。
「ちょっと〜! 何度言ったらわかるのよ、水野さん!」

 お客さんの途切れた一瞬の隙を見て、アルバイトの背の低い小太りのオバチャンに向かって言った。
「はいはい、ごめんなさいね〜」
「ちゃんとマニュアルを守ってくださいよね」
「どうも歳を取るとね、ついつい物忘れが激しくって」

 ユカリは、つい口に出そうになったのを(こら)えて、心の中で(つぶや)いた。
(う〜ん、もう。そんなに物忘れが激しいなら、こんなところで働かなくてもいいじゃない)

 こっちは怒っているのに、平然としてニコニコ笑っている。時間の刻み方が違うのだろうか。ユカリが1秒でできることに、オバチャンは10秒くらいかかっているように感じられる。動きが緩慢なだけではない。返事ものろい。「はいはい」という返事さえも、スローモーションに聞こえた。幼い頃に再放送で見たテレビアニメの『まんが日本昔ばなし』のナレーションのようだった。

仕方なくコンビニを手伝う
 ユカリは、ついこの前まで、全国展開をする大手スーパーに勤めていた。本社採用の総合職として。誰もが知る一流私立大学を卒業し、アメリカへ渡った。語学学校へ半年通った後、ビジネススクールへ入学。あまり有名な学校ではなかったが、一応、MBAコースを修得した。

 そこで学んだマーケティング知識を活かしたくて、あちこちの流通業の採用試験を受けた。そのうちの一社の面接で、こう言われた。
「もし、うちへ来てもらったら、あなたの専門知識を活かして本部の商品開発をやってもらおうかな」
「はい!」

 と即答した。

 ところが、採用されて、いざ配属となったのは人口8万の地方都市にある小型店舗だった。そこで、レジの仕事を命じられた。どの会社でも新人は現場研修がある。ユカリは、「なんでも勉強」という気持ちでレジ打ちに(いそ)しんだ。そして、3か月。店長から次に命じられたのが、鮮魚や惣菜(そうざい)の調理の仕事だった。「これも勉強……」と思って我慢したが、いつまで経っても仕入れや販売促進・広告の仕事をやらせてもらえない。

 店長に話をすると、
「あんた、何様のつもり? 新人でしょ」

 と言われた。アルバイトから正社員になったという叩き上げの女性だ。返す言葉もなかった。

 きっと本部から声がかかるに違いないと、じっと待つ。だが1年半経っても、なんの音沙汰もない。思い切って、採用のときに「本部の商品開発をやってもらおうかな」と言ってくれた人事担当者に電話を入れた。
「あのう……大沢ユカリです。一昨年、採用していただいた」
「ああ、ああ、キミか。覚えてるよ。たしかMBA持ってる」
「あっ、ハイ!」
(覚えていてくれた!)

 そう思うと、急に心の中のもやもやが晴れた。
「元気かい?」
「はい」
「今、どこにいるんだっけ」

 その一言で、ユカリは立ち(くら)みがした。ジェットコースターに乗っているような気分だ。

 ずばり訊いた。
「いつ本部の商品開発へ行かせてもらえるんでしょう」
「え?」
「え? って……。だってあのとき、商品開発へ配属していただけるって」
「……そう言ったかな……言ったかもしれないけど」
「……」
「ああ、まあ将来の話だよね、それは」
「将来って」
10年とか、15年とか現場を踏んでね」

 ユカリには、15年という言葉が、まるで「永遠」であるかのように聞こえた。ここで言っておかないと一生後悔すると思った。
「同期の丸山君は、1年目から商品開発部だし、後輩の米村さんだって、広告宣伝に配属されてるじゃないですか」
「困ったなぁ」
「私だって、困るんです。スーパーでお刺身を作るために就職したんじゃないんです」
「うちはそのスーパーなんだけどね」
「……」
「人事のことに口を出されてもなあ。大沢さん、人間コツコツだよ。きっと、キミのことを認めてくれる人がいるから、頑張りなさい」
「そんなぁ〜、約束が違います……」
「約束なんてしてないよ。じゃあね、期待してるよ」

 一方的に電話を切られた。

 ユカリの不満は頂点に達し、翌日、辞表を書いた。


 すぐに再就職の活動を始めたが、どこも一次面接にさえ至らなかった。わずか1年半で、それもなんの実績もなく大手スーパーを辞めたことが、足を引っ張った。無職になった。MBAまで取った自分が、なんの仕事にも就けないということに茫然(ぼうぜん)とした。

 そこへ、父親の豊から電話が入った。オープンしたばかりのコンビニで、どうしても人手が足りないという。

 収入もなく、アパートの家賃さえ支払えなくなっていた。他に選択肢もなく、「仕方なく」家に帰ってきた。父親の、
「ブラブラしているくらいなら、うちで働けよ」

 という言葉にはカチンときた。しかし、背に腹は代えられない。就活をしながら、「ちょっと手伝ってやる」つもりでエンジェルマートのユニフォームを着た。せめてもと副店長の肩書をもらい、実家のコンビニで働き始めたのだった。

 ところが……。

 勤めて3日も経たないうちに、たいへんなことが判明した。ついこの前まで「調子がいい」と言っていたコンビニが火の車になっていたのだ。オープンからわずか半年で。原因は明らかだった。すぐ近所にライバルのコンビニ・アットホームができたためだった。アットホームの商品開発力は、業界でも有名である。さらに低価格。

 おかしいと思った。目の前は大学だ。人手なら、ちょっと時給を上げれば集まるはず。それをユカリに助けを求めてくるなんて。人件費をかけないで、どうしたらやっていけるのか。要するに、その答えが「家族をただ働きさせる」ということだった。

 それでもユカリは、
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