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顧客を説得する7つの秘密
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6 尋ねるな、掘り起こせ

『顧客を説得する7つの秘密』
[著]ジェームズ・C・クリミンス [翻訳]柿沼優花 [発行]すばる舎


読了目安時間:30分
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     NEVER ASK, UNEARTH

――7つの秘密④


6 尋ねるな、掘り起こせ



 広告界の創造的革命の父であるビル・バーンバックは説得行為に関して本能的とも言える才能を持っていた。彼は言った。

「効果的な創造哲学の心は、どんな衝動が人々を突き動かし、どんな本能がその行動を支配しているのかという人間の本質の考察が最も大切だという信念である」



 大衆、有権者、消費者、家族……誰を説得するにしろ、人の行動を生み出す衝動と本能の洞察が必要だ。


 しかしどんな洞察が?


 その洞察がどんなものであれ、今それが足りていないということは分かる。どんな組織であっても、ある提案を批判するのによく使われるのは「それには洞察が欠けている」という文句だ。こう手厳しく言われてしまうと、反論のしようがない。ジョークを説明したところで面白くないのと同じように、後から説明された洞察はもっともらしく聞こえないものだ。


 ジョークと洞察は、実はとても似通っている。この比較からは学べるものがあるだろう。ジョークと洞察はどちらもその効果によって定義される。ジョークは私達を笑わせる。そうでなければジョークとは呼べない。洞察は私達に驚きの真実を知るという喜びを与えてくれる。そうでなければ洞察とは呼べない。


 ジョークと洞察に形式というものは存在しないが、良いジョークと良い洞察は三つの特徴を持っている。それらは予想外で、刺激的で、そして真実だという事だ。


◆予想外



 私達は、ジョークにはネタがあり驚きを伴うということを知っている。伝統的なジョークの定義で、ユーモアのあるジークムンド・フロイトが使ったところの言葉によると、「気づきに繋がる戸惑い」となるそうだ。


 ある男が医者から電話を受けた。医者は言った。「ああようやく繋がった。あなたに悪い知らせともっと悪い知らせがあるのです」

「ああ先生、悪い知らせとはなんですか」患者の男は尋ねた。


 医者は答えた。「検査の結果によると、あなたの寿命はあと24時間だそうです」

「なんということだ」患者は言った。「だったらもっと悪い知らせとは一体なんなのです?」


 医者は答えた。

「私は昨日からずっとあなたにこれを伝えようとしていたのです」



 洞察にも同様にネタと驚きが必要となる。同じような「気づきに繋がる戸惑い」が。多くのジョークや洞察が、驚きの真実にあたる部分より、その準備の部分が弱いから失敗に終わっているのではないだろうか。戸惑いの部分が十分でないと、気づきの喜びも失われてしまう。


◆刺激的



 ジョークと洞察は共に、直接的には意味の通らない原因と結果を並べて、私達が立ち止まり考えるきっかけを与えてくれる。


 老人が公園のベンチに座り、モヒカンヘアーを黄色、赤、グリーン、そしてオレンジに塗り分けたティーンエイジャーの青年を見ていた。


 青年は言った。「なんか用かよおっさん、なんもやることねえってか?」

「そうさな……」老人は言った。「昔一夜をオウムと過ごした。お前が私の息子じゃないかと思ってな」


◆真実



 真実味があることは、ジョークにエッジを与える。もっともな事柄を斬新な視点から述べることが洞察に力を与える。



 A horse walks into a bar. The bartender asks: "So, shy the long face?"(馬がバーに入っていった。マスターは尋ねた。「ウマくいかないことでもありましたか?)」〈訳注:long face、は「長い顔」の他に、「浮かない顔」を意味する慣用表現。馬の顔が長いこととバーのマスターがよく口にする言葉を掛け合わせている〉



 人をその気にさせるためには、相手の内面の洞察を行い、予測できず、刺激的で、真実味のある新たな視点を持つことが必要だ。


 ではどこでそんな視点を見つけることができるだろう?


◆言葉のカモフラージュ



 先ほど部分的に引用したビル・バーンバックの言葉の全文を見てみよう。

「効果的な創造哲学の心は、《言葉で語られるものに惑わされず》どんな衝動が人々を突き動かし、どんな本能がその行動を支配しているのかという人間の本質の考察が最も大切だという信念である」。


 人の言葉は真の動機を隠してしまう。このカモフラージュは相手を欺こうとしてなされるものではない。自発的にそうしようと思って隠しているわけでもない。人々はただ、何が自分を本当に突き動かしているのか、自分でも知らないだけなのである。


 相手をその気にさせるために、私達は人々がなぜある種の行動をとるのか、何によってその行動を変えることができるのかを知る必要がある。


 知るためには、尋ねてはいけない。


 正面攻撃では動機を見つけることはできない。人々は自分の動機を説明したくてもできないものだ。


 なぜそんなことをするのか、なぜそれを選ぶのか、または選択する時に何を最も大切な基準だと考えているかと人に直接尋ねるのは、いい方法だとは言えない。尋ねれば、なんらかの回答を得ることはできるだろう。しかしそれは人々の本心からの答えではない恐れがある。彼らが嘘をつくわけではない。人々はただ、自分自身「なぜ?」なのかが分からないのだ。しかし彼らは自分でその「なぜ」を知っていると思い込んでいる。


 人々の決断はトカゲ、つまり無意識によってなされたり影響を受けたりしているために、その「なぜ」の部分について普段意識されることはない。それゆえ人は、自分でも分からない動機や認識がどのように行動に影響を与えるのかを述べることはできない。

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