そうしたおよそ千二百年にわたる体験を通して、十四世紀末にはじまる李朝の時代にはもはや、中国皇帝への徹底した忠誠を示して保護を受けるしか、国家の安泰を保持する手だてはなかった。そのためにとるべき方策は、対外的な軍事力は基本的に中国に依存し、全面的に中華主義を受け入れていくことであった。
中華主義とはおよそ次のような考え方をいう。
「自らが世界の中心にあり、その中心から遠ざかれば遠ざかるほど、いよいよ野蛮な夷族たちの地が広がっている。こうした世界に安定した秩序を生み出すには、世界の中心すなわち文化の中心にある〈高等な〉中華が、周辺の〈劣等な〉夷族たちに文化・道徳を与えて感化・訓育し、中華世界の支配下へ組み入れていくことである」