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闇に葬られた歴史
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歴史
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蘇我氏もまた華僑だった

『闇に葬られた歴史』
[著]副島隆彦 [発行]PHP研究所


読了目安時間:9分
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 公式にも天智と天武は兄弟であり、天武が「弟」とされているが、実際には、天武の方が三歳年上であることはすべての歴史学者が認めている。そして両方の母が皇極(こうぎよく)天皇であり、この女性は後に、斉明(さいめい)天皇として再祚(さいそ)(天皇の即位を二回すること)している。実に珍しいことである。

 この二回天皇の座に就いた女性(皇極=斉明)が中間に立って、当時、大和一帯を二分して対立していた勢力が拮抗していたようである。

 簡単に描けば、天智は九州から移動してきた土着の勢力で、天智の父・舒明(じよめい)天皇は九州王朝系である。一方、天武のほうは、父親が『日本書紀』始め当時の記録の中で、「入鹿大王(いるかだいおう)」と呼ばれた聖徳太子であり、これは出雲王朝系であろう。
『日本書紀』では、聖徳太子の父は第三一代・用明(ようめい)天皇ということになっている。だが、この用明天皇が、どうやら入鹿の父(あるいは祖父)の蘇我馬子(そがのうまこ)と同一人物でないのか、ということになる。


 五八七(用明三)年に、馬子は物部守屋(もののべのもりや)を殺して、物部氏を滅亡させている。
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