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目からウロコの民族・宗教紛争
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歴史
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57 オーストラリア人種問題 ふたたび白豪主義に戻るつもりなのか

『目からウロコの民族・宗教紛争』
[著]島崎晋 [発行]PHP研究所


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白豪主義の終焉


 オーストラリアというと、白豪(はくごう)主義、囚人(しゆうじん)の島といった言葉が頭に浮かんでくるが、以下にみるようにどちらの語もオーストラリアを形容するのに決して不適切なものではない。

 イギリスがオーストラリアへの植民を開始したのは1788年のことである。最初の半世紀は流刑囚(るけいしゆう)が7割を占めていたというから、囚人の島という形容もまったくの的外(まとはず)れではないのだ。ただし、囚人といっても本国に置いておくのは危険な、凶悪な者ばかりが集められたというわけではなく、選ばれたのはもっぱら若くて健康な者たちであった。しかも識字率が約4分の3と高く(本国は6割弱)、およそ8割が窃盗犯でそのうち半数は初犯であったというから、開拓のための労働力としてはかなり優秀な者が集められたとみてよいだろう。

 1831年以降は組織的な移民が主流を占めるようになる。非イギリス領からの移民も増えていったが、19世紀なかばに起きたゴールド・ラッシュを境にヨーロッパ以外の地からの移民に対して徐々に制限がくわえられていく。
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