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ニューヨークで暮らすということ
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雑学
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はじめに

『ニューヨークで暮らすということ』
[著]堀川哲 [発行]PHP研究所


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 2000年のある秋の夕暮れ、大学の近く、ニューヨークはユニオン・スクエアにあるチャイニーズレストランに入る。レストランといっても、セルフサービス方式の安レストランである。5ドルも出せば満腹になり、とっても安い。店内には20ほどのテーブルが雑然と並べられている。まったく、いい加減、適当に安っぽいテーブルとパイプ・イスが放り出されている、という感じである。

 ビーフ焼きそばを食べながら、店内の客たちを観察する。となりの若い黒人のカップルは、例によって、大きな声でなにやら叫んでいる。ヒスパニックの親子がいる。母親と子供の会話はスペイン語である。中国系の若者たちは3世であろうか、流暢な英語で話している。インドからのシーク教徒であろう、ターバンを頭にまいた中年の男たちがいる。たぶん、間違いなくタクシー・ドライバーで、夕食を買いにきたのであろう。私の右となりの若い白人はワンタン・スープを食べながら、なにやら熱心に本を読んでいる。みると、ヘーゲルの『精神現象学』であった。

 店内は客でごった返していて、出入りしている人間の人種を観察しているだけでも、飽きることはない。周りで飛び交っている言語は10近いのではなかろうか。新聞報道によれば、この街には100を超える言語が同居しているのである。

 この雑然とした感じ、この猥雑さ、これがニューヨークである。


 ニューヨークと聞けば、あなたは、なにを思い浮かべるだろうか?

 マンハッタンの摩天楼、5番街のおしゃれなブティック、ブロードウエイのミュージカルにメトロポリタン美術館、あるいは、粋な芸術家たちが集まるビレッジやソーホー……。誰もが憧れるすてきでしゃれた街、こういうクールなイメージがニューヨークにはある。

 しかし、これと対照的なイメージも、この街にはある。ハーレムやサウス・ブロンクスに象徴されるニューヨークである。ドラッグとラップ、アル中とホームレス、NYPD(ニューヨーク市警)とギャングたちが銃撃戦を展開する世界……。犯罪都市ニューヨークである。

 どちらも、ニューヨークである。しかし、当たり前であるが、普通のニューヨーカーはどちらとも無縁の世界で生きている。年収4〜5万ドル程度の平均的なニューヨーカーが「パークアベニューの華麗なる世界」を経験できるわけはないし、かといって、コカインの売買で生計をたて、毎晩、NYPDとカーチェイスをしているわけでもない。

 この本で考えてみたかったことのひとつは「普通のニューヨーカーはどのように暮らしているか」ということである。

 そして、もうひとつの焦点は、移民である。ニューヨークをみるとき、移民を外すと、もうなんの意味もない。いまやニューヨーカー800万人のうち、その40%は「アメリカ以外で生まれた人」なのである。

 移民と一口に言っても、中身は多種多様である。「アメリカに不法移民として密航、マンハッタンのレストランで深夜に皿洗い……」と聞くと、なんとなく悲劇的な感じがただようが、しかし、早とちりは禁物である。不法移民といっても様々だ。やせても枯れても、ここはニューヨークである。エチオピアではない。ジャンボ・ジェットで飛んでくる不法移民が超貧民であるわけがない。


 私がニューヨークにきたのは、哲学の勉強のため、という名目であった。ニュースクール大学大学院哲学部の客員研究員というのが私の滞在資格であった。この大学にいるアグネス・ヘラー教授が受け入れてくれたのである。

 ニュースクール大学は、むしろ、「ニュースクール・フォー・ソーシャル・リサーチ」(The New School for Social Research=社会研究のニュースクール)という名前の方が有名であるかもしれない。創立は1919年、T・ヴェブレン(経済学者)やジョン・デューイ(哲学者)といった異端派の学者たちによって作られた。いまでも、この学校の目標は「社会を根本的に変革すること」である。1930〜1940年代には、ナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命してきた学者たちを積極的に支援し、受け入れ、「亡命者たちの大学」という異名をとった。なかでもハンナ・アーレント(政治哲学)は有名である。当初、200人の学生で、貸しビルの一角でスタートしたニュースクールであるが、いまでは大学院生を含めて、学生総数は7000人、音楽・芸術、デザインのカレッジも持っている。

 しかし、噂どおり、ニュースクールは異端的な雰囲気に満ちた学校であった。特に、夜間に開講される社会人カレッジでは、教師・学生とも人種的・年齢的に多種多様で、それに仕事を持っているから、普通のニューヨーカーとして、生活経験も深く、かつニュースクールの学生らしく、アンダーグラウンドの世界にも通じていた。

 私はいつしか、大学院のクラスよりも、こういう人々と過ごす時間を大切にするようになってきた。彼ら・彼女たちの案内で、ニューヨークに棲息する様々な人々に出会い、話を聞くことが多くなってきた。この本は、そういう様々なニューヨーカーたちとの出会いの記録である。

 本書のうち、インタビュー構成になっている部分は、実際にインタビューしたものであるか、『ニューヨーク・タイムズ』などの記事から構成したものである。そして、本書のなかで出てくる統計的数字は、直接インタビュー相手から聞いたものであるか、あるいは、『ニューヨーク・タイムズ』その他の資料集からとってきたものである。登場人物はすべてリアルな人間であり、そこで出てくる数字もリアルな数字である。


 2001年3月 ニューヨーク・マンハッタンにて
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