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ニューヨークで暮らすということ
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おわりに──ニューヨーク留学を考える人々に

『ニューヨークで暮らすということ』
[著]堀川哲 [発行]PHP研究所


読了目安時間:6分
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 ニューヨークと一口で言っても、もちろん、様々な顔を持っている。どの顔をみるかによって、その人の人生観が現われる。人間は自分がみることのできるもの、みたいと思うものしかみないものである。ブロードウェイに出かけてみても、そこに何をみるかは、人によって様々である。

 ニューヨークには多くの日本人がいる。ビジネスマンやコロンビアの大学院あたりの留学生であれば、はっきりとした目的を持っている。しかし、なかには「なんとなくニューヨーク」タイプの日本人も、かなり多い。

 このタイプの日本人は一般に二つの種類に分かれる。ひとつは、大学を卒業してしばらく(5、6年程度)会社勤めをして、しかし、人生これでいいのか? と考え、ニューヨークにきたという人々である。このタイプの圧倒的多数は女性である。彼女たちは、会社勤めの間に貯めた資金でニューヨークにきているのである。多くは語学学校の学生ビザである。

 このタイプの人々は、人生経験もあり、まじめで、それなりに自分の人生を考えているようにみえる。ニューヨークで何かを探しているという感じがある。普通は彼女たちは1〜2年の滞在で帰国するようである。資金的な問題もあるし、大学進学となるとべらぼうなお金が必要になる。ただ、授業料の安い市立大学に進むという人もまれにはいる(それでもかなりの資金は必要である)。アルバイトしながら学校へ、というのはニューヨークではまず無理である。きちんとしたところでバイトをすることはできないし(労働ビザと高度の英語力か技能が必要になる)、きちんとしていないバイト先(もぐりで働けるところ)では賃金は驚くほど安い。それに勉強が大変だから、バイトしながらというのは無理である。

 もうひとつの「なんとなくニューヨーク」タイプは、とても若い層である。そして、このタイプがニューヨークではやたらと多い。日本の高校を出たか、大学中退あるいは卒業してすぐにニューヨークへ、というタイプである。滞在資格は語学学校の学生ビザであるが、生活費はもっぱら親からの送金というタイプである。自分のことを棚に上げて、他人様を批判するのも気が引けるが、でも、言わせてもらえば、このタイプのニューヨーク留学生はきわめて評判が悪い。まず、英語ができないし、勉強する意欲と能力も疑わしい。英語ができないから、友人も日本人、遊ぶのも日本人、読むのは日本語の雑誌ということになる。なかには、もう10年近くもニューヨークに住んでいるけれど、それでも英語は貧弱、アメリカ人との会話は問題外という人もけっこう多い。そのため、いつまでも英語学校にいる、ということになる。ここを終えて大学へ、なんてことはまず無理な人々であり、ほかからは「自称留学生たち」と呼ばれている。

 ニューヨークに暮らしていれば英語がわかるようになる、と思ったら大間違いである。

 日常生活で、スーパーで買い物したり、レストランで注文したり、クリーニング屋にいったり、という英語であれば、誰でも少し暮らせばできるようになる。実際のところ、こういうことに英語力は必要ではない。ただ決まったパターンの言葉をオウムのように繰り返せばいいのである。しかし、もし、語学学校を終えて、大学のクラスにいってみればどうなるか? クラスメイトや先生と議論をする。そのときあなたに必要なことは英語力ではない。もちろん最低の会話力は必要であるとしても、決定的なものは、あなたの教養力である。あなたのアメリカ人のクラスメイトが映画『パール・ハーバー』を話題にして、どう思うか聞いてくるとする。もし、あなたに歴史についての知識がなければ、会話は決して進展しないし、あなたがそういう人であれば、もう相手にはされないだろう。

 これだけではない。会話能力の基本は、あなたが母国語で議論を組み立てることができるかどうか、である。もし、あなたが日本語でも満足な議論を、論理的にできないとすれば、それを英語で展開することは不可能である。つまり英語力の基礎は日本語力であり、そしてあなたの教養力である。

 「なんとなくニューヨーク」タイプの若い人々が、もう何年もニューヨークで生活しているのに、まるで英語ができないのは、多くの場合、日本語力と教養の問題なのである。日本語で聞いても理解できない話を英語で聞いて理解できるわけはないのである。この基礎的な能力がなければ、何十年ニューヨークにいても無駄である(ある留学生は大学に進み、哲学のクラスをとったのであるが、一言も理解できないと嘆いていた。しかし彼は母国語でも理解できないのである。彼にとって、これから英語のテキストを読んで基礎力をつけていこうというのは至難の業である。そういうことはニューヨークにくる前に日本語で済ませていないといけないのである)。要は、何をしたいのかをはっきりさせることである。ニューヨークにいくのはそれからである方がいいと思う。

 私は正直な話、英語はできない方である、と思っている。学生同士の会話など、まず理解できない。ニューヨーカー同士の会話もまずわからない。ニューヨーカーがどのように話しているかを知りたければ、試しに、ウッディ・アレンの映画をみてみればいい。まさに、あの驚異的なスピードで話しているのである。

 しかし、それでも、何を話したいか、何を知りたいか、これが自分自身ではっきりとわかっていれば、会話はなんとか進行するものである。私の話そうとしていることに、相手も関心があれば、相手は理解してくれようとするのである。無内容な話は、日本語であれ、英語であれ、相手にはしたくないものである。もし、あなたがニューヨーク留学を考える人であれば、あなたのするべきことは、まずあなたの日本語力と教養力をチェックしてみることである。

    *

 この場をかりて、2人のニューヨーカーに感謝したい。1人は、本書でも紹介した、アルバート・ピアセントさん。もう1人は、日系アメリカ人のヨハンナ・フジモトさんである。アルバートさんとフジモトさんがいなければ、ニューヨークの危険な地区を夜毎徘徊し、様々な人々に出会うことはできなかったであろう。また、ニューヨークでの同居人・アユミにも感謝したい。アユミは私とは異質の交友ネットワークを持ち、彼女から提供された情報は本書でも多く利用させてもらった。それから、本書の出版にあたっては、鷲田小彌太氏およびPHP研究所の阿達真寿氏のお世話になった、記して感謝したい。

 この夏にはアルバート君が日本に遊びにくる。このニューヨーカーがいまの日本をどう感じるか、それが楽しみである。


 2001年7月 札幌にて
堀川 哲 
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