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荒野(あらの)の宗教・緑(みどり)の宗教
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生き方・教養
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2 無数にある世界にたいする攻撃

『荒野(あらの)の宗教・緑(みどり)の宗教』
[著]久保田展弘 [発行]PHP研究所


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神にとって人間とは何か


 神の言葉を受けたモーセという政府、国家。ここには民族、国家を体現する神という超越者が浮かび上がってこよう。しかも国家は、神がそうであるように、報復することが予告されていた。

 では、神の命令を実行しなくてはならない、いや実現するようにつくられている人間とは神にとって何なのだろうか。ここにマックス・ヴェーバー(一八六四─一九二〇)による宗教の類別がある。

 M・ヴェーバーは、宗教を「人間が神の道具となる(タイプ)」と「人間が神の(うつわ)となる(タイプ)」とに分類し、前者の宗教を「道具型」、後者を「器型」と名づけた。

 ここにいわれる「道具型」の宗教は、キリスト教の「預定・恩寵説」がそうであるように、神は人間とはまったく異質の存在として超越しており、人間界の「外在原理」として認識される。

 神は超越界にあって、人間を選び、神に召されたその人間だけに栄光が与えられるのであった。『新約』のパウロによる「ローマ人への手紙」(第八章第二九〜三〇節)にある「神はあらかじめ知っておられた者たちを、(さら)に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。
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