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マクロ経営学から見た太平洋戦争
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経済・金融
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(2)短い勝利の日々

『マクロ経営学から見た太平洋戦争』
[著]森本忠夫 [発行]PHP研究所


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 太平洋戦争がその年の十二月に始まった一九四一年(暦年)、日本は五〇八八機の航空機を生産することでこの未曾有の規模の戦争に突入した。

 だが、この年、ヨーロッパを舞台にすでに戦争をはじめていたドイツとイギリスは、前者が日本の生産機数の二・三倍に当たる一万一七六六機、後者が三・九倍に相当する二万九四機を生産して激しい航空戦を展開していた。他方、アメリカはアメリカで無論、日本との戦争を予期してはいたが、なによりも当面対独戦で悪戦苦闘しているイギリスやソ連に航空機を供給する必要もあって、この年、日本の生産機数の三・八倍にも達する一万九四三三機を生産していたのである。

 これを見ても分かるように、大戦争にのぞむ日本の航空機生産は問題にならないほど低かったということである。

 開戦二年目の一九四二年になって、日本は八八六一機という対前年比一・七倍以上の航空機を生産した。が、主敵アメリカの生産は、この年、実に四万七八三六機の圧倒的な規模へと増大し、対前年比でも二・五倍以上となった。こうして、一九四一年に、一対三・八に開いていた日米の相対戦力の乖離は、一九四二年にはさらに開いて一対五・四となったのである。

 ちなみに、この年のドイツの生産は一万五五五六機、イギリスのそれは二万三六七二機で、日本のそれぞれ一・八倍および二・七倍と開いていたのである。参戦諸国と比べて日本がいかにその航空戦力の造成において非力であったかという事実には覆い難いものがあったのである。
(注)以上の機数は戦史叢書『陸軍航空の軍備と運用』〈2〉四〇三頁。但しドイツのみは誤植があると思われるので一九四一年〜四四年の機数についてはコーヘン前掲書上巻三〇四頁の数字。以下同じ。航空機の中には戦闘機、爆撃機、偵察機、練習機、グライダー、飛行艇を含む。但し日本の場合、四四年以降の数字に特攻機を含むが「桜花」は含まず。
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