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第三章 諸民族はいかにして成立したのか?

『人間について』
[著]ヴェルナー・ゾンバルト [訳]金森誠也 [発行]PHP研究所


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民族の純化と混血、土地の利用


民族は「カースト制」により純化された

 民族の成り立ちにとって決定的に意味をもつのは、ある民族の中に存在するさまざまな種族がそれぞれまったく孤立してそのまま存続してゆくか、それともさまざまな種族同士の雑婚、混血が行われるかどうかということである。この動きは、民族の内部にカースト(ヽヽヽヽ)制[訳注:厳密に他者と区別された種族で混血は禁止]をつくりあげることである。こうしたカースト制はしだいに国、法律、それに慣習によって、なるほどそういうものかと認められるようになるが、カーストの中では同じ種族、同じ血脈の者たちのみが結束する有様となる。


 カースト制はアジア地区、とくにインドでもっともきびしく行われている。しかし多少なりとも階級意識がある限り、ヨーロッパ諸国でもインドほどきびしくなくともカースト制らしきものが見受けられた。たとえば貴族は、自分たちの仲間同士でしか結婚しないし、大ブルジョワは大衆とは縁つづきにはならず、大きな農家の息子は小作人の娘を嫁にとることはなかった。同一種族に属する者は排外思想が強く、社会的にいろいろと偏見(ヽヽ)をもっているのを常とするが、そうした態度は当然のことながらそれぞれの土着性によって左右された。村人は村にとどまり、都会人は街に住むことにこだわるというのはその例だ。同じ種族は仲間とのみ共存できると思っていた。


 ところが、欧米では近代になってから様子が変わってきた。とくに十九世紀になると、すべての階級間の拘束がなくなってきた。それにはいろいろ理由があるが、まず偏見がなくなり、一般市民と貴族の子弟が結婚し、大市民と小市民の差異がなくなり、さらにはブルジョワとプロレタリアが合体して新しい中産階級をつくるようになった。これにはまた別の理由もある。すなわち近代の交通網の発達により、ちょうど強風にあおられた土砂のように、異なった種族の人間が一挙にせまい場所によせあつめられてしまったのである。

 これによって、民族共同体の中で、混血が促された。


「混血」による発展

 ……歴史上さまざまな人種の混血が行われてきたが、現代における混血についてエルヴィン・バウアーという学者は一九三六年、次のように述べている。
「イヌ、ブタ、牛などは、それぞれきわめて厳密な種族別の飼育組織の下におかれている。ところが、文明化した人間は他人種の人間とこだわらずに結婚する例が多い。とくに国際的交通の要所にはこうした状況について、おそろしいばかりのおびただしい実例が見受けられる」

 混血の過程の中で、これこそ本命の人種という標識をもった者たちが、他の「人種」に属する者たちよりも強力に増殖するという見解が打ち出された。しかしこれは、他の多くの学者も述べているように単なる臆測(おくそく)にすぎず、今日までそういったことは証明されなかった。それよりもむしろ逆が正しいのではないかと思われている。イギリスの学者たちの新しい研究によると、ほとんどすべてのイギリス人は実は混血の産物で、そのうち金髪の持ち主は政治的改革者や煽動家(せんどうか)に多く、逆に黒髪の持ち主は、王家、世襲貴族、作家、それに探検家に多い。また昔のアメリカ人についての調査によると、彼らの多くはブルネット(褐色かかった)の髪の持ち主だったという。


 西ヨーロッパ諸民族に見られる人種の混血は、近隣関係にある人種同士の結婚による。同じような状況にあるのが、中央アジアと東アジア、それに中央アフリカと西アフリカである。これに反し、地球上の他の地域では、はるかに離れた関係にある人種同士の混血が見られる。たとえば北アフリカ、中部、西部、および南アフリカでは、ヨーロッパ系とネグロ系との混血、東ヨーロッパからアジアの辺境にかけては、ヨーロッパ系とモンゴル系の混血、東南アジアではそれこそ数多くの人種の混血がある。またインドネシア、南インド、インドシナではモンゴル系、ヨーロッパ系、その他の雑多な人種の混血、中南米ではモンゴル系、インディオ系(先住民系)、ヨーロッパ系、ネグロ系の混血が見受けられる。

 これらの混血についての研究は、早いところで四〇〇年前から行われたようだが、ともあれ、ある一つの点ではわれわれは先人たちより賢くなった。それはユダヤ人が混血民族の典型であるのを知ったことだ。この研究についてはたとえば、ハンス・T・K・ギュンター『ユダヤ民族をつくる人種の歴史』(一九三〇)がある。

 もっともユダヤ人については別種の見解もある。たしかにユダヤ人は混血をくりかえしてきたかもしれないが、彼らの外観は同一性を示しており、しかもまったく不変なのはなぜかという疑問も提出されている。だがこうした一見驚くべき現象も、次のような事情を考えるとまったく容易に解明できるであろう。すなわちある民族の肉体的外観はさまざまな人種や民族との混血によってもけっして排他的な、これぞという特徴をもつことにはならない。むしろ各民族の肉体的外観は、彼らの環境に即した適応にむかっての持続的な努力、遺伝的な選択と淘汰によって、さらに重要なのは、彼らの精神的内的状況によってもたらされたということである。


民族を発展させる要素

 ところでバナナが生い茂る一モルゲン[訳注:モルゲンという単位は、一人の農夫が午前中に耕すことができる土地の広さを示すもので、一モルゲンはおよそ二五─三五アールであるという]の土地は五〇人を養うことができる。ところがヨーロッパの一モルゲンの小麦畑はわずか二人しか養えない。バナナの生産性はじゃがいもの四四倍、小麦の一三三倍となっている(A・フンボルトによる)。また西インド諸島にパンノキを導入したところ、同地のネグロ人口の減少をもたらした。同様の例はいくらでもある。

 だが、自然がなんらかの恵みを与えてくれない土地では、人間も同じような調子で衰えていくかというと、必ずしもそうでもない。土地が貧弱なところに住む住民の経済的エネルギーが高まり、住民をきたえてゆくことにもなる。たとえばプロイセン人はきわめて貧弱な土地の上に住んでいた。プロイセンは粘土、砂まじりの土地ばかりで、おまけに沼沢地が多い土地が国土の四二・九パーセントを占めており、中程度の土地が三四・四パーセント、そして農耕に適したローム層や粘土まじりの土地は、わずか二〇パーセントにすぎなかった。したがってプロイセンの農業生産物の大部分はわずかな土地から得られていたわけだ。

 荒涼たる不毛の土地といわれる草原地帯に住む住民はなかなか精力旺盛であり、牧畜にはげむことを常とした。これらの土地からモンゴル人、セム族といった征服民族があらわれた。太古のアーリア人もこうした土地の出身者だ。国家の発展は多くの場合、荒涼たる土地で成長した種族の手によって行われた。スペインでは北岸のアストゥリア地方の人々によって新国家体制がつくられた。スウェーデンは十六世紀にダラルネ地区、そしてドイツは荒涼たるプロイセンをそれぞれ土台として発展した。地理的環境の影響を重視するかどうかには異論もある。新国家発展のためには他のいろいろな要素もあるだろう。ただ「山に住むあらくれ男たち」が独特の民族性をもち、彼らは発展するにあたって、おのれに適した土地をまず選択したというのは事実のようだ。

 民族の発展を、これからいくつかの要素に分けて検討してみよう。

〈気候〉

 気候のみが諸民族の特性をきめるかどうかという問題は、実は十八世紀の知識人の恰好の話題になった。これについては、第四章で環境問題を論ずる際詳述しよう。

〈水資源〉

 ある一つの国において水資源の量と住民との関係は重要だ。これが住民の運命に深くかかわっているからだ。

 そもそも河川の管理、堤防の建設、灌漑(かんがい)施設の整備などに見られるような、中央政府による水資源の管理が果たして必要かどうか、そしてそれが可能なのかどうかという議論は、諸民族の中でさまざまな形で展開された。これについて閉鎖的民族と開放的民族とを分けて考えることができる。中国、インド、エジプト、メソポタミアなどは、水資源の管理についてはまさに閉鎖的民族であった。
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