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幸運と不運の法則 成功をつかむための「運命学」
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生き方・教養
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第3章 不運からうまく脱け出す方法

『幸運と不運の法則 成功をつかむための「運命学」』
[著]小野十傳 [発行]PHP研究所


読了目安時間:40分
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明治の易聖・高島呑象の不運と幸運
 前章では、幸運をつかむために変えるべき生活のヒントを説明しました。ここでは反対に、不運なときの過ごし方を述べていきます。

 といっても、前章と密接に関連しています。不運をうまくやり過ごすことで、幸運へと(かじ)を切ることができるようになるからです。順番的には幸運のつかみ方を先に紹介しましたが、もしいま、あなたが不運だと思っているのならば、自分の生活をチェックして、まずは本章で述べる方法を実践してみてください。

 ここでも前章同様に「五行哲理による解釈」をつけてあるところがありますが、その内容をくわしく知りたい方は、第4章を先に読んでみてください。


 さて、具体的な方法に入る前に、一人の人物を紹介しましょう。

 易聖と呼ばれた高島呑象(どんしよう)こと高島嘉右衛門という人がいます。明治時代の高官だった伊藤博文や山県(やまがた)有朋、井上(かおる)などとも交友関係があり、一方で事業家として横浜にガス灯をつくったり、造船に力を注いだり、鉱山に手を出したり、鉄道敷設(ふせつ)にも着手した人物です。横浜に高島町という地名が残っていますが、高島嘉右衛門の名に由来しています。

 娘を伊藤博文の継息子(ままむすこ)に嫁がせ、その関係で政界の裏表に精通した人だったのですが、その伊藤博文が狙撃(そげき)されて亡くなることを易で予見して、ハルビン行きを止めようとしたことも記録に残っています。

 彼は材木商の息子として生まれました。家業を若くして継ぎ、一時は大きく儲けたのですが、欲を出して、当時禁じられていた金の密貿易につい手を染めてしまい、小伝馬町(こでんまちよう)の牢屋に四年間つながれることになります。

 青年実業家が一転して罪人となったわけですから、不運の極みです。やがて時代は明治へと大きく動きますが、入獄当時はまだまだ江戸時代が続くと思われていたはずで、いつになったら牢を出られるのかわかりません。おまけに、獄中生活は最悪の環境だったことでしょう。病気の蔓延(まんえん)はもとより、罪人どうしの殺し合いもあったといいます。このまま()ち果てるのかと嘉右衛門が絶望したことは想像に(かた)くありません。

 その嘉右衛門の苦しみを和らげたのが、牢屋のなかで発見した一冊の書物でした。易学の本です。易とは、ご存じだと思いますが、竹串をジャラジャラさせて占うアレです。竹串ではなくほんとうは筮竹というものですが、牢屋にそのようなものがあるわけもありません。

 そこで、紙をよじってコヨリにして筮竹代わりにしたといいます。来る日も来る日も嘉右衛門は易学の勉強に没頭し、いつしかその書物のすべてを暗記するほどになりました。しかし、暗記したところで罪を許されるわけもなく、光も差さない暗い牢屋の隅で、あてもなく一人、占いをするばかりだったのではないでしょうか。

 チャンスは思わぬ方向からやってきました。ひそかに脱獄の計画が練られていたのです。

 首謀者は牢名主(ろうなぬし)。連なるのは獄門さらし首の刑が下された極悪人たち。嘉右衛門にも、計画に加わらないかという話が舞い込んできます。「ノー」とは断れません。話がもちかけられた以上、断れば殺されます。比較的罪が軽い嘉右衛門にしてみれば、脱獄はたいへんなリスクをともないます。

 そんなある日、脱獄計画が漏れてしまいます。極悪人たちは、もはやこれまでと隠しもっていた武器を取り出して役人に斬りかかりました。牢内が大騒ぎになるなか、嘉右衛門は道連れとはならず、鼻を斬られただけで助かったのです。天井から吊るされていた衣装入れの竹籠に身を隠していたためです。自伝によると、衣装籠に隠れたのは占いで出たからだといいます。

 その後、脱獄計画に加わらなかったことなどから、嘉右衛門は小伝馬町の牢から佃島(つくだじま)に流されました。流刑でしたが牢生活よりずっとラクです。そこで、のちに事業をサポートしてくれることになる人たちとも出会っています。また、役人の将来を占ったエピソードも記されています。

 そして時代は明治へと変わり、晴れて自由の身になった嘉右衛門は、占いを武器に政府の高官たちと接触して、ついには大きな幸運をつかんだのです。

 まるでフィクションみたいですが、これは実話です。作家の高木彬光は『大予言者の秘密』(光文社のち角川文庫)と題して高島嘉右衛門の生涯を一冊にまとめています。

 私たちは、偉人伝を耳にすると「それは、むかしだからできたことだ」とか「現在は管理社会だから、なかなかうまくはいかない」と否定的な考えに偏るものですが、どんなに時代が推移しても、人間の、いや社会のありようというものは堂々めぐりをするばかりで、大きく発展することはありません。発展しているように錯覚するだけなのです。

 高島嘉右衛門のエピソードを読んで、ほんのわずかでも心が動き、「ひょっとするとオレにも……」と幸運の可能性のかけらを予感したならば、あなたの現在の不運は幸運を呼ぶための(かて)となるにちがいありません。

 そうです、幸運の前には必ず不運が立ち塞がるものです。いや、それは不運ではなく、幸運へと向かう準備として受け入れるべきです。

 運命学はしばしば人間を植物にたとえます。不運の時期は冬。夏には青葉が茂っていた木々も葉を落とし、枯れて北風に揺れています。しかし死んではいないのです。根にパワーを閉じ込めて春の到来を待っている状態です。枝を観察すれば、春に咲く(つぼみ)の兆しを見つけ出すことができるでしょう。

 不運なときは何も考えず、ひたすらパワーを蓄えることが運命学の基本なのです。

とにかく待つ努力
 努力は運の前では完全に無力です。努力で成し遂げられることなど、じつは一つもなく、努力したから成就したと思うのは人間の傲慢(ごうまん)な幻想です。

 私たちは生まれる時代も日にちも時間も選択できません。もっと裕福な家庭に生まれたかったと嘆いても、「オマエはバカか」といわれるのがオチです。「ああ、頭がよかったなら」「もう少し美人になりたかった」とボヤいても始まりません。死ぬのも運です。いつどこでどうやって死ぬか、それを自分では決められません。自分で満足した人生を送ったとしても、それは努力でも徳でもなんでもなく運次第なのです。

 もしも努力によって、少しでも幸運をつかむことができるのだとしたら、それは待つという努力です。行動したくてもそれを抑える自制力こそ、不運をはねのけ、幸運に接近するための努力といえるでしょう。

 多くの場合、努力は「行動する」ことと認識されています。障害を努力によって乗り越えるとか、努力して勉強したおかげで試験に合格したというように、努力と行動をイコールで結びます。しかし、運命学で許される努力は、何もせずに待つことなのです。

 不運なときこそ、その待つ努力が必要です。

 人には開花時期というものがあります。十代で開花して映画やテレビでスター街道を驀進(ばくしん)する人もいます。三十代に幸運の時期を迎えて、青年実業家として実力を発揮する人もいます。六十代にならないと幸運が微笑まない人もいるでしょう。

 戦国武将に北条早雲がいます。彼は五十代になるまで、まったく歴史の表舞台に登場しません。
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