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ゼニの幸福論
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生き方・教養
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政治家、役人、大銀行……ゼニをむさぼるやつらが皆さんの幸福を食い尽くしているんやで!

『ゼニの幸福論』
[著]青木雄二 [発行]インプレス


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 さて、幸福についての、僕の基本的な考え方は理解していただけただろう。


 もう一度、一番大切な部分を繰り返しておきたい。

“幸福というのは、精神的にも物質的にも満たされている状態”


 だと、僕は考えているのであります。


 おなかをすかせて飢え死に寸前の人間に、精神的な満足なんて説いたところで意味がない。飢えている人間になによりも必要なのは、一握りの食物である。


 食べ物がなくて、死にかけているのに、

「ああ、わたしは幸福のうちに死んでいくことだなぁ」


 と詠嘆したところで、それは、自分が幸福だと「思う」だけのことで、実はちっとも幸福「である」とはいえない。


 僕の目から見ると、いまの世の中なんか、心のなかだけで、

「ああ、いまの自分は幸福なんや。家族がいて、住むところがあって、毎日ご飯が食べられる。これはなんて幸福な生活なんや」


 と、無理やり思いこもうとしている人が多いような気がしてならない。


 はっきりいって、それは、自分をごまかしているのである。


 あるいは、だれかにごまかされているのである。


 だれに?


 そらなぁ、あんたをごまかして得をする人間にきまっているやろ。


 人間の分類方法は、いろいろとあるけれど、一番簡単で手っ取り早くて、それていて、はっきりと社会を見つめられるのが、この二分割であると僕は考えている。


 得をする人間と、損をする人間。


 世の中には、この二種類の人間しかいないといってよい。


 ――と、ここまでが、前章のテーマでありました。


 さて、ここから、あなた自身の問題に踏み込んでいきたい。


 あなたは、果たして幸福になることができるかどうか?


 この大問題に取り組んでいきたい。


 あなたは、大して金持ちでもない平均的なサラリーマンか自営業者である(たぶん、そうではないですか?)。


 それなのに、いまの生活に満足を感じて安穏としているとしたら、僕はもう笑ってしまう。


 ほんとにオメデタイ人間だと思う。


 だってそうではないか。


 あなたは安い給料でこきつかわれている労働者にすぎない。


 労働者というのは、損をする側の人間である。


 どんなに一生懸命働いたところで、ようやく手にいれられるのは、小さなマンションか、遠い地の果ての一戸建てである。


 それも、無理をして食費を(けず)って、かつかつ手にはいるかどうかといったところや。日本の中流階級なんて、その程度の貧乏暮らしがやっとこさである。


 ところが、世の中には、自分は働かないくせに、おいしいところをたっぷり吸い取っている人間がいる。


 ゼニが大好きな政治家はその典型だ。


 明治維新で日本の政府ができてからかれこれ百三十年以上になる。戦後だけでも、もう五十年以上や。その歴史のなかで、いったいどれくらい政治家の汚職や献金疑獄がわき上がり、繰り返し糾弾されてきたか。


 ゼニが大好きな政治家の体質は、何度も糾弾されているのにもかかわらず、一向に改善される気配がない。


 政治家だけでなく、役人も(しゅう)(わい)やら接待やら、天下りやらなんやらかんやら、書き並べるのもうざったいくらい、ゼニに群がっている。


 世の中のおいしいところは、ぜんぶ、やつらに吸い取られているのであります。


 そんな世の中だというのに、あなたは安穏と小さな幸福を満喫していられるというのだろうか?

「ちょっとちがうんやないか? おかしいんやないか?」


 と、僕はいいたいのである。


 みんな、それを声にしていわなければならないと、思っているのである。


 僕は、あくどい政治家や役人、あるいはそれと結託した銀行や証券会社を許しておいては、日本国民に、本当の幸せは訪れないと確信しているのである。


 政府は、どうして銀行だけに、三十兆円もの公的資金を投入するのか。


 ふつうの町工場が倒産したって、政府は見向きもしない。「自己責任だ」と、突き放しているのである。


 なぜ、金融機関だけ特別扱いにするのか。話の筋としたら、銀行だけでなく、「危機」にあえいでいるすべての企業に、平等に公的資金を投入するべきやろう。企業だけでなく、納税者全員に税金を分配するべきやろう。


 そらなぁ、「金融不安を解消するため」とか「国民の預金保護のため」とかなんとか、理屈はいろいろあるやろ。けど、どんな中小企業にしたって、倒産すれば、いろんな影響が出てくるのである。退職金がもらえず、路頭に迷う一家だって出てくるのである。そういう人間は保護せず、大銀行だけに税金を投入するのは納得できない。


 それに、大銀行の行員なんていうのは、三十代で一千万円以上の年収をとっていて、しかも、都心の一等地の広い社宅に格安で住んでいて、しかも、行内預金では、一般預金者の十倍もの金利を平気でむさぼっているのである。


 こんな人間を許しておいてええのんか?


 僕は、どうしたって許す気にはなれない。実は、


 幸福というのは、世の中にそんなにたくさんあるわけではない。


 だから、一握りの人間がそれをせしめてしまうと、ほとんどの人間は、残り滓のおすそ分けをもらうだけで満足しないといけない。


 ゼニをむさぼるやつがいると、まわりの人間は、不幸になってしまうということなんや。


 これがつまり、僕が先ほどから強調している、現代日本といういびつな世の中の仕組みなのである。


 こんな世の中で、あなたは、本当に幸福になることができるだろうか?


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