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なぜか「まわりは敵だらけ!?」と思ったら読む本
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生き方・教養
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1 怖そうに見える、あの人の正体

『なぜか「まわりは敵だらけ!?」と思ったら読む本』
[著]石原加受子 [発行]すばる舎


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▼▼▼どっちに転んでも叱られる!?

 ある女性が勤めている会社は夫婦でやっていて、夫が社長をして妻が副社長をしています。ただ、社長というのは名ばかりで、実際には副社長が商談に出向いたり仕入れに行ったり、さまざまな手配や雑用をこなしたりしています。どちらかといえば、副社長のほうが会社を切り盛りしているという感じです。

 そのために、社員である彼女は、仕事の指示を仰ぐとき、どちらに言えばいいのか迷ってしまいます。ときには社長と副社長の意見が対立することがあって、彼女の前で口論になったりもします。

 あるとき彼女は、社長の個人的な用事を頼まれました。たびたび社長は、彼女に私用を頼みます。今社長の私用を優先するとすれば、副社長の件を後回しにすることになります。これまでは無条件で引き受けていたのですが、過去に一度、うまく運ばなかったとき、こっぴどく叱られたことがあったため、このときはどうしようかと迷いました。

 決めかねた彼女が副社長に伝えると、副社長は、夫の私用よりも自分のほうを優先するようにと指示しました。その態度から、副社長が社長に対して報復的な気持ちで言っているのがわかりました。 

 とはいえ、彼女がこのまま副社長の指示に従えば、社長と副社長、二人の争いに巻き込まれるのは必至です。考えあぐねた末に彼女は、自分の口から社長に、
「これまでは社長の個人的な用事も引き受けていましたが、責任を取ることができないので、これからは、引き受けることはできません」

 と伝えました。

 彼女は社長にすごい剣幕で責められるのではないかと思って恐れていたのですが、社長はびっくりするほどあっさりと引き下がったのでした。

▼▼▼すぐに怒鳴る人の本音とは…

 この社長のように、他者に対して敵という思いを抱いている人たちが最も恐れるのは、「責任を取る」ということです。

 相手を言葉で責めたりやり込めたり、態度で攻撃したりしているとき、その言動によって自分にどんな責任が生じるかなどということにまで頭が及んでいません。

 他者に対して敵という意識を抱いている人は、これまでそうやって自分の責任を棚上げにしたまま生きてきています。なので、「責任を取るのが怖い」という気持ちが根底にあるのです。

 さまざまな条件で優位な立場にある人たちが「ああしろ、こうしろ」と一方的な態度で命令したり指示するのは、自分が責任を取りたくないという気持ちも秘めています。自分の安全のために、可能な限り人のせいにしていたいと無意識に考えているフシもあります。

 自分のとった言動によって生じる責任に対して、それを自覚したり相手に突きつけられたりして冷静になったとき、はじめて自分の中に押し込めていた恐怖を“実感”します。その“実感”は、これまでずっと自分の責任に向き合うことを避けていたために、「全面降伏して自分の城を明け渡し、自分は打ち首になる」というに等しいほどの恐怖です。

 それを回避するために、彼らはさまざまな手を使います。昨日は「Aをするな」と言ったのに、今日は「どうしてAをしないんだ」と怒鳴ったりします。

 さっきは「ちゃんと報告しろ」と檄を飛ばしたばかりになのに、その舌の根も乾かないうちに、「これぐらいのことを、どうして自分で判断できないんだ」と言ったりします。

▼▼▼実は攻撃ではなく必死の守り

 たびたびそんな場面に出くわすと、
「本当に、そうですよね。そんな人って、平気で矛盾することを言いますよね。言うこともすることも支離滅裂で、まったく無責任ですから、呆れてしまいます」

 などと不満の一つも言いたくなるものです。

 けれども、彼らの言動が明らかに矛盾しているとしても、彼らにとっての最大の目標は「責任回避する」ことです。責任回避したり、責任転嫁をするのが目標ですから、彼らの意識は、言動が矛盾していることよりも、その目的を達成することのほうに注がれています。

 この目標達成が優先なので、むしろ、そんな矛盾をつかれて攻撃されれば、感情的になって怒鳴るしか方法がありません。もとより論理で負けているとき、
「ぶつぶつ文句を言うな。黙って俺の言うことに従っていればいいんだよっ!」

 などと威嚇して、仮に相手を黙らせることができれば好都合です。黙らせるだけでなく、同時に、自分の責任を相手に肩代わりさせることもできます。感情に囚われていれば、“敵”と戦うときの「恐怖」も掻き消えます。
「怒鳴る」という行為には、こんないくつもの効用があるのですから、彼らがそれをやめようとしない、あるいはやめられない理由が、少し理解できるのではないでしょうか。しかし、一見便利なこの「怒鳴る」という行為によって彼らは傷つけ合い、周囲を敵対化させ、自らの立場を悪化させているのです。

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