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「肩の荷」をおろして生きる
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生き方・教養
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1 仮面をはずしたい若者たち

『「肩の荷」をおろして生きる』
[著]上田紀行 [発行]PHP研究所


読了目安時間:20分
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 自分の中には自分ではないものが隠れている
「肩の荷」というと、どんなものを思い浮かべるでしょうか。そう聞かれれば、私たちは自分にのしかかっているたくさんの肩の荷を、すぐに挙げることができます。


 多額の住宅ローンが重荷でしょうがない。不況が襲いかかって、給料がカットされ、毎月の支払いが重い……。職場に成果主義が採り入れられてから、毎月のノルマが襲いかかってくる。達成できるかどうか、毎月のプレッシャーがもう限界だ……。赤ん坊と二人っきりで部屋に閉じこもっていると、気が変になりそうになる。かといって、公園に連れ出そうとすると、そこにいるお母さんたちのグループにとけ込めるかどうか心配でしょうがない……。まともな学校に進学しないと、まわりからどんなことをいわれるかわからない。でも勉強は好きじゃないから、毎日が嫌になる。親からの期待も負担だ……。仕事が大切だからと結婚を延ばし延ばしにしてきた。でもこの頃、まわりの仲間たちがどんどん結婚していく。みんなちゃっかり恋愛もしていたんだ。だけど、いまさらどうやったらいい相手が見つかるんだろう……。

 どの「肩の荷」も思い当たるものばかりです。私たちの人生はほんとうに「肩の荷」だらけですね。そして、昔を思い出してみれば、以前はこんなに多くの肩の荷はなかったんじゃないか、肩の荷が増えたのは最近なんじゃないか、という気がする人も多いと思います。

 こうした増え続ける社会的な「肩の荷」は、この本の大きなテーマの一つです。しかし、あなたはそういった「肩の荷」の向こう側に、このところの日本人に急激に広がっているもう一つの「肩の荷」があることに気がついているでしょうか。

 それは「自分という肩の荷」です。

 自分自身の存在そのものが、生きていく上での「肩の荷」になってしまっている。そんな感じはしないでしょうか。自分自身が重い。自分自身の存在が自分を自由にさせなくなってしまっている。取り替えられるものなら、自分を取り替えたい。リセットしたい。そんな思いを持ってはいないでしょうか。そんな「自分という肩の荷」が重いと感じている人が、若者から年長者まで広がっているように思えます。

 これはかなりやっかいな「肩の荷」です。もし私たちを苦しめている「肩の荷」が私たちの外側にあるものならば、それは外の状況を変えていくことで解決します。会社の環境が肩の荷ならば、転職すればいいかもしれないし、つきあっている彼氏との関係がうまくいかないのが肩の荷ならば、ここは思い切って別れてみるという選択もあります。ノルマに追いまくられるような社会が問題ならば、そうでない社会に向けて改革すればいい。それらは実行が簡単なものばかりではないけれど、少なくともターゲットははっきりしているわけです。

 しかし、自分自身が肩の荷になっている場合はどうでしょうか。自分のことなのだから自分ですぐに解決ができるというほど、ことは単純ではありません。そんなに単純なことなら、最初から「肩の荷」なんかにならないでしょう。私たちは、自分自身がどんな「肩の荷」なのか、そもそも自分でもよくわかっていないのです。わかっているつもりでいるけれど、実は全然わかっていない。わかっていないから対処のしようがない。自分のことというのは、そういう、実に悩ましいものなのです。

 私たちには二つの肩の荷があります。一つは自分の外側に存在する社会的な肩の荷、もう一つが内側にある自分自身という肩の荷です。

 だから、肩の荷をおろそうと思ったら、両方を見なくてはならない。この本でこれから考えていきたいのは、そういう複眼の思考です。政権交代をして、政治が変われば何でもうまくいく、不況から立ち直って経済が好転すればすべての問題が解決する、といった単純な「肩の荷おろし」ではうまくいくはずがないのです。


 もう一人の自分との心の内戦

 自分自身が肩の荷になってしまっているとは、いったいどんな事態なのでしょうか。

 一つには、セルフイメージの問題があります。これまでの人生で形作られてきた「自分はこういう人だ」というセルフイメージが、自分にとってすでに「肩の荷」になってしまっている。これはとてもやっかいな問題です。たとえば私自身がそうでした。

 私は、大学生の時にノイローゼになってしまい、一年留年しました。そして心理的に行き詰まって大学のカウンセラーに相談に行ったことがあります。カウンセリングルームは、時計台の三階の、他に何もないオペラ座の怪人が住んでいるような場所にありましたが、階段を昇っていくとまるで異世界に入っていくような気分に襲われ、当時は出かけて行く人がほとんどいませんでした。

 ドアをトンと叩いて「どうぞ」と言われ、相談を申し込んで最初に話したことはいまでも覚えています。私は「ぼくはこうしていつも顔だけは笑っているんですが、ほんとうの自分は全然笑っていないんです」と言いました。私は他人の目がとても気になるほうで、なおかつ高校時代までは同級生から「人格者」などと思われて頼りにされていたものですから、人と会うと自分には余裕があるという感じを(かも)し出そうとして、心ならずもニコニコしていたわけです。

 しかし、二十歳にして、そういう自分が実に居心地の悪いものになってしまいました。その居心地の悪さはたとえようがないほどのもので、しかも、困ったことに、自分の中に自分を見ているもう一人の自分が現れて、自分を猛烈に非難し始めたわけです。自分ともう一人の自分の、壮絶な内戦が始まってしまったわけですね。

 人格乖離(かいり)というとおおげさですが、あの時はかなり離人的な状態になっていたと思います。もう一人の自分がいつも抜かりなく自分を監視している状態が続き、たとえば友だちと笑っていても、「お前、ほんとうは楽しんでもいないし、そんなに幸せでもないだろう」と冷水を浴びせかけてくる。お酒を飲んでバカ話で盛り上がっていると、「そんなつまらない話をしていてどうなるんだよ、そもそもお前は目の前の友だちをくだらない奴だと軽蔑しているくせに」などと口を挟む。あるいは、綺麗な景色などを見て感動しそうになると、もう一人の自分の「この程度の景色なんてめずらしくもないよ」といったシニカルな声が聞こえるわけです。

 そうなってしまうと、どんな出来事があっても、何に出会っても心から感動することができません。もう一人の自分がすべての体験を相対化してしまい、「たかだかその程度の感動で満足するのか」とか、「体面を考えて、また自分を偽るためにニコニコしてるんだろ」とか、人生を灰色にするようなことばかり言い続けるわけです。

 ただ、私は、この感覚そのものが病的だと考えているわけではありません。程度の問題はあるけれども、これはセルフイメージを書き換えたいと願う若者なら、多かれ少なかれ、誰でも経験する感覚なのではないかと思います。

 私の場合は、自分は何でもできるという肥大化した自己と、何もできないと諦めている否定的な自己とがともに強烈で、だったら現実に自分の力を試してみれば、ほんとうのところがわかるはずですが、そうやって自分の実力を()の当たりにするのが怖く、もう一人の監視の声を聞くだけでごまかし続けていたのだと思います。

 その意味では、二人の私の間の内戦にはあてのない代理戦争という趣があって、いつも先が見えない感じがつきまといました。ノイローゼにつながってしまったのは、そういう「存在にかかわる危機」があったからだと思います。

 でも、たとえ代理戦争でも、当人が感じる苦しさはまぎれもない現実のものです。その意味では、ニコニコするのがバランスをとるぎりぎりの手段だったといってもいいし、それ自体がセルフイメージを書き換える藤のプロセスだったような気もするのです。


 仮面をかぶった自己

 私がその時に強烈に感じたのは、自分は仮面をかぶっているのではないかという感覚でした。いつもニコニコし、どんなことにも慌てず騒がず、人生を余裕を持って生きているんだよ、人格者なんだよという仮面をかぶっている。ところが、自分にはそれが居心地が悪い。

 この仮面は、人生がうまくいっている時には、かぶっていることに気づきません。それが自分の素顔だと思っている。しかし、ある日、気がつく時がやってきます。自分のほんとうにやりたいのはそんなことじゃない。自分の素顔はこんなものではなかったはずだ。そしてこの仮面をはずしたい、素顔の自分で生きてみたいと思うのですが、はずすのがとても難しいのです。

 人間にとって、仮面は実に奥が深い意味があります。当時の私のように、脱ぎ捨てたい仮面がある一方で、たとえばお祭りやカーニバルのように、仮面をつけて何かを演じることで新しい発見をすることも多いわけです。人類は仮面についての長い歴史を持っていて、それはほとんどすべての文化に広がっているといってもいいでしょう。時には邪魔になる仮面を、人はどうしてわざわざかぶろうとするのか。

 人が仮面をつけるとどうなるか。多くの人は、仮面そのものになると考えます。

 たとえば節分の時に鬼のお面をつけたら、その人は鬼になる。お祭りで「ひょっとこ」の仮面をつけたら「ひょっとこ」になる。つまり、お面が示す他者が現れ、自分が何か他のものになると考えるわけです。

 ところが、仮面をつけて、その仮面が表わすものになりきるためには、その前にとても大切な段階が必要なのです。それは、仮面によって普段の自分の顔を隠すということです。お祭りとかカーニバルで仮面をつけたことのない人でも、節分の豆まきで鬼の役になり、鬼のお面をつけたことはありますよね。そうすると「鬼がきたぞ〜!」と大胆な振る舞いができるようになるわけですが、あれを鬼のお面なしでやれといわれても、普通の人はなかなかできません。お面なしで鬼になるのはとても恥ずかしい。なぜなら、自分の顔がみんなに見えているからです。

 自分の顔には、自分とはこういう人だというセルフイメージ、そしてそれを見ているみんなの「あなたとは普段からこういう人だ」というイメージが付着しています。普段から「鬼がきたぞ〜!」というイメージで生きている人ならいいけれど、普通の人はそうではないから、そのセルフイメージをかなぐり捨てて一瞬のうちに鬼になれといわれてもなかなかなれないわけです。

 鬼のお面をつけて鬼になる時にまず大切なのは、そういった普段の自分の顔を隠すことです。そうしなければ恥ずかしさが消えません。言い換えれば、仮面をつけるという行為には、まず私たちがまとっている日常的な仮面を隠すという大きな意味があるのです。それがなければ、私たちは鬼にはなれない。仮面をつけて行なう行為には、それまでの仮面を隠し、普段のセルフイメージが背景に退いたところで、新しくつけた仮面の表わすものになりきるという、二つのプロセスがあるわけですね。

 大学時代にドツボにはまっていた私の状態は、それまでに持っていたセルフイメージと、「こうありたい自分」とが違うことに気がつき、普段の仮面の束縛を感じながらも、どうしても脱ぎ捨てることができないというものでした。

 しかし、「こうありたい自分」、つまり、いままでの自分と別の何かになるためには、外の世界に気を使っているいつもの自分からもいったんは離れなければいけません。これは、それまで築き上げてきた自己イメージや他人から見たイメージを捨てることとほとんど同じ労苦をともないますから、本人には当然、恐怖や藤が生じます。セルフイメージの変更は大変なエネルギーを必要とするわけで、当時の私は、明らかにエネルギー切れを起こしていました。

 そしてもう一つ、いまつけている仮面が「こうありたい自分」とは違うということはわかったけれど、その「こうありたい自分」がどのような自分なのかが全然わからないという問題がありました。いまの仮面は脱ぎ捨てたいけれど、次にどういう顔をして生きていけばいいのかがわからない。そういう八方ふさがりの状況だったのだと思います。


 モックン(本木雅弘)が抱えていた孤独感

 いままでの自分のセルフイメージが逆に肩の荷になって、変わりたいのだけど変われない。どう変わっていいのかわからない。自分が求めている自分と、まわりの人たちが自分に期待している自分のイメージがまったく違っていて、身動きがとれない。そんな思いは、私だけに限らず、人生の中で誰にでもやってくることだと思います。表面上は大成功を収めているような人も、そういった悩みを抱えている人は少なくありません。

 もう二十年近く前、NHKの『平成禅問答』というテレビ番組で、俳優の本木雅弘君と対談したことがありました。私が三十代の前半、「癒し」という言葉をキーワードに発言し始めていた頃で、モックンは二十代半ば、篠山紀信さんの撮り下ろしでヌード写真集を出し、まさに売れに売れている時期でした。スタジオの中にブランコを作り、二人で揺られながら話すというおかしな仕掛けの番組でしたが、その中で聞いた本木君の発言にはびっくりさせられました。

 第一部は、私の「スリランカの悪魔祓い」の話を本木君が聞くという構成でした。日本で「癒し」という言葉が流行するきっかけは、私のスリランカでのフィールドワークにあったのですが(『スリランカの悪魔祓い』講談社文庫、原著一九九〇年)、スリランカでは悪魔は孤独な人に()くといわれていて、それを村ぐるみで徹夜で行なわれる、楽しくて活気ある悪魔祓いの儀式で治すという話をしたら、彼はこう言うのです。
「ぼくは大勢の人の中にいる時に一番孤独を感じます。これだけたくさんの人がいるのに、ぼくのことをほんとうにわかってくれる人はいないんです。それも悪魔憑きでしょうか」。

 第二部では、私が当時行なっていた心理的なワークショップをスタジオで実際にやってみることになりました。三つの椅子を並べ、この椅子は現在、これが十年後、これが二十年後の椅子ということで進めるチェア・ワークというレッスンです。まず現在の椅子に座って目を閉じてもらい、見えてきたまわりの世界の様子を聞いてみました。
「半径三〇メートルぐらいの円があって、誰もそこから内側に入ってきません。円周上にプロダクションの社長が立っていて、こちらを見ています。その他は誰もいません。ただ、地平線が見えるか見えないかというあたりのところで両親がぼくを見ているだけです」。

 本木君が語ったのは、そんな心象風景でした。コンサートともなれば、どのホールも満員。日本中に「モックン〜!」という歓声が響き渡っているスター中のスター。十代のアイドル時代から、女の子たちの心を釘づけにしてきた彼の感じる世界は、こんなにも寂しいものなのかと愕然(がくぜん)とさせられました。

 次に十年後の椅子に移りました。目を閉じて十年後の自分になりきると、本木君は、今度は「肩のところがあたたかいです」と言いました。「髪の長い人がぼくの肩によりかかってきて、彼女が触れているところだけがあったかいです」と。ああ、十年後にはそんなあったかい人がいるんだ、幸せなんだと、私はちょっとジーンときてしまいました。

 ところが、NHKのディレクターは、現在の寂しい心象風景の部分を、放送された番組でカットしてしまいました。そうしないと世間的にまずいという配慮があったのだと思います。プロダクションに「モックンをいじめるな!」と手紙と一緒にカミソリが届いても困るし、コンサートで女の子たちが、「私だけがあなたの孤独がわかるの!」などと突進してきたら、大混乱ですよね。それで、「彼女が触れた肩のところがあたたかい」という部分だけが放映されたものだから、「そんな陳腐なイメージしかないのか」と思った人がかなりいたに違いないと思います。

 それにしても、アイドルから俳優へ向かって人気絶頂の道を走り続けていた本木君の孤独感の深さには、ほんとうに驚かされました。何も知らない私から見れば、容姿に恵まれ、いつも熱狂的なファンの女の子たちに囲まれて、周囲から「大好き〜!」という声が飛んでくるような人間は、幸せの絶頂にいるとしか思えません。同じ男性としては(うらや)ましい、(ねた)ましいと思っても不思議のない境遇ですが、しかし本人が感じていることは全然違う。コンサートで武道館が満員になり、数千人のファンが「モックン〜!」と叫びながら踊っていても、彼は孤独だったのです。

 彼女たちが好きなのは、自分の仮面であって実像ではない。ほんとうの自分は誰からも愛されていない。しかし、ずっとまとい続けてきた仮面は、容易にはずすことができない。彼がヌード写真集を出したのは、そのどうしても脱ぐことのできない仮面を、何とかして脱ぎ捨てたいという意志の表われだったのかもしれません。
「きれいに撮れていますね」と言った私に対し、「そうですか……? ぼくには弱々しい姿が写っているとしか見えないんですが」と本木君は言いました。自分の弱さをさらけ出し、寂しさや弱さと向きあう……、十六歳の時からアイドルとして走り続けてきた十年を経て、本木君は二十代半ばにして初めて、自分自身に向きあう旅に出ようとしていたのかもしれません。

 後から知ったことですが、この番組の直後に、彼はインド旅行に出かけます。私はこの番組で、自分にとってインド旅行での強烈な体験が人生の大きな転機になったと語ったのですが、そのことが彼のインド行きを少しは後押ししたのかなと思っています。

 彼はインドで、人間が死ぬとはどういうことか、生きることとは何かという問いと出会い、それが映画『おくりびと』に遠くつながって、アカデミー賞へと向かっていくことになります。その意味では、私ははからずも本木君の人生の大きな節目に立ち会ってしまったのかもしれません。


 仮面をはずすために見知らぬ土地へ

 日常の仮面は、私たちのそれまでの人生を背負った形で、気がついた時にはぶ厚く血肉化しています。幼児体験に始まって小、中、高校と、自分の歴史や人間関係、感情などが積もり積もってできているのが日常の仮面ですから、リセットしたくても簡単にリセットすることができません。

 ならばどうすればよいのでしょう。捨てないといけないのに捨てられないのなら、あるいは捨てたいのに捨てられないのなら、いつまでたってもセルフイメージは変更できないことになってしまいます。

 私たちは日常の仮面をつけ、望まぬものも含めて、自分を装いながら毎日を生きています。その日常の仮面が時に自分を追い詰める。離人症に近いところに追い詰められる人はたくさんいますし、自分とは何かと考える人がいる限り、そうなる人はいつでもいるに違いありません。

 かつての人間集団には、そんな時には別のお面をつけろと命じる智慧がありました。端的にいえば、宗教的な儀式や祭、あるいは演劇や狂気といったある種の文化的な伝統に守られて、何かのはずみでつけた別のお面が、時に日常の仮面を()ぎ取る役目を果たすということがあったのです。人間はそれを利用して、どうしても脱ぎ捨てられなかったもう一つの仮面、つまり、それまでの自分から解放される道を見つけてきました。「鬼」が現れ、「ひょっとこ」が現れるのはそういう時です。私が調査したスリランカの悪魔祓いも、まさにそういう儀式でした。

 ラテン語では仮面のことを「ペルソナ」と呼びます。英語でいえば「パーソン」、日本語に訳すと「人格」や「身体」にあたる言葉です。そこには、人格とは身についてしまった仮面だという認識に加え、人格的な危機に陥ったら、実は人格だってお面のように着脱できるという、すぐれた智慧が含まれています。

 自分のことを誰も知らない外国に行くことが、日本にいるとはずせない仮面を取る大きなきっかけになることがあります。モックンにしても、あれだけの有名人ですから、日本にいたままでは仮面をはずすことができなかったでしょう。そして彼ほど有名人ではない私たちにしたって、普段の自分を知っている人に取り囲まれていては、それまでの仮面を脱ぎ捨てることは難しい。見知らぬ土地に行くことは仮面をはずす大きなチャンスになるのです。


 セルフイメージを書き換える

 しかし、私の場合、外に出ると仮面が取れた感じがするのだけれど、帰ってくると元の木阿弥(もくあみ)ということが続きました。インドから帰った頃は、インドにかぶれて(ひげ)がぼうぼう、民族衣装を着て大学に通った時期もありました。これには大学の友人たちもびっくり。そういう意味では、それまでの自分から見たイメージや他人から見たイメージの書き換えに成功したのだと思いますが、やはり人の目は気になりますから、数カ月後に民族衣装を脱ぐとまた普段の自分に戻ってしまいます。こりゃいかんと思って、また別の場所に旅行し、そこではいいけれど、日本に帰って当座をすぎると、また元の仮面が戻ってくるということを繰り返しました。

 その後も、ワークショップや自己啓発セミナーに熱中し、いまの自分から脱出することに懸命でした。そこでは、自分を見直し、衝撃を受けた体験もたくさんありましたが、過去の仮面を脱ぎ捨てた後で、これからどう生きていったらいいかとなると皆目わからない。そんなことを積み重ねるうちに、専攻した文化人類学のフィールドワークでスリランカに行って悪魔祓いの儀式に出会ったのが、もう二十代も終わる頃になってからのことだったのです。

 そんな遍歴を思い返してみると、状態が悪くなったところでカウンセラーに会いに行き、人の助けを求めたことが大きなきっかけをくれたのかもしれません。それまでは苦しみながらも自分の力で何とかできる、何とかしようと考えていたわけですが、にっちもさっちもいかなくなって、この問題だけは、人の間に持ち出さないとどうにもならないと感じたのだと思います。

 それまでの私は、優等生気質で本音で話す相手がいなかったというか、悩みを聞いてあげて他人から有難うといわれることはあっても、自分が苦しいことを相談できる友達はほとんどいませんでした。でも、セルフイメージを書き換えるとなると、やはり人の視線や力が必要になるのだと思います。

 祭や舞台で仮面をつける場合を考えてみると、たとえば能役者が死者の亡霊を演じることができるのは観客という他者の目があるからです。観客は役者さんが亡霊のふりをするのではなく、実際の亡霊を見たいと思っているわけで、その可能性を感じた時には、期待と感動が役者に伝わって、その変身をさらに後押しすることになる。その意味で両者は互いに励ましあう関係にあるわけで、役者は自分一人では、技の鍛錬はできても身を投げ打って変身することはできません。普段は人に見られているから変わることができないのに、舞台では逆に見られていなければ変身できないのです。

 この逆説には、いくら強調してもし足りないような面白さがあると思います。いまは「自己決定」などといって何でも個人の意志の問題に矮小(わいしよう)化して割り切ることが多いわけですが、セルフイメージをめぐる自我のメカニズムという問題を見過ごして、すべてを自分の力で引き受けなければならないと考えると、多くの人がいろんな苦しみを背負うことになるのではないでしょうか。
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