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取り戻せ、日本を。
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政治・社会
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第三章 東京裁判史観こそ「諸悪の根源」

『取り戻せ、日本を。』
[著]渡部昇一 [発行]PHP研究所


読了目安時間:18分
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共産主義が日本を変えた


 その表紙で「日本を、取り戻す。」と(うた)った自民党の政権公約は、くわえて、憲法を改正して自衛隊を「国防軍」とすることを掲げました。

 ところが、それに対して当時の野田佳彦総理が先の選挙戦で、「時計の針を戦前にまで戻すのか」と批判しました。多くのマスコミも、野田さんの言葉どおりに報じました。

 つまり、「戦前」という言葉が、当たり前のようにネガティブな意味で使われたわけです。このことは、戦前の日本は「悪くて暗い国だった」という認識が国民の相当数に共有されていることを示しています。

 私はこれまでも繰り返し、この誤った思い込みを批判してきましたが、戦後の日本が真っ当な国になることを邪魔し続けてきた「戦前暗黒史観」、いわゆる東京裁判史観は、いまだ根強く生き続けているのです。

 日本の近代史は、ロシア・ソ連、そして共産主義に大きく害されてきた――そう私は思っています。もしも、明治時代にロシアが満洲や朝鮮半島に進出してこなければ、日本は日露戦争をする必要もありませんでした。当時の状況を振り返ってみましょう。

 当時のロシアは満洲を実質的に支配し、黄河以北のシナ大陸は一〇〇%ロシア領になりかねない情勢でした。朝鮮もいわば「コリアスタン」化される目前であり、もしそうなると、壱岐(いき)や対馬も目標にされる。旅順に続く不凍港を確保するため、「長崎あたりまで欲しい」とロシアが言い出す可能性すらありました。

 日露戦争(明治三十七〜三十八年)に勝利した後、日本は順調に民主主義の道を歩んでいました。大正二年(一九一三)に成立した第三次桂太郎内閣は、「憲政の神様」と言われる尾崎咢堂(がくどう)たちから弾劾演説を受けて潰れました。演説で内閣が倒れる事態は、イギリスの議会政治が最も栄えたディズレーリ首相やピール首相の時代を思わせます。

 この着実な、日本の民主主義国家としての歩みを(ゆが)めたのが、第一次世界大戦(一九一四〜一九一八年)と、それに続くロシア革命(一九一七年)と共産主義の台頭でした。

 日露戦争の勝利からちょうど十年後に始まった第一次世界大戦には、当時の国際的な慣習に従って、日本からも観戦武官が派遣されました。ヨーロッパでの戦いを()の当たりにした彼らは、内心「日本はもう戦争できないのではないか」という恐怖感を抱いて帰国しました。

 しかし、日露戦争に勝った後でもあり、公の場でそんなことを口にすることはできません。

秋山真之参謀が危惧したこと


 そのなかで唯一、口にしたのが、日露戦争で連合艦隊の参謀として活躍した、海軍の秋山真之(さねゆき)です。NHKがドラマ化した『坂の上の雲』(司馬太郎著・文春文庫)をとおして、お馴染(なじ)みの方も少なくないでしょう。

 秋山参謀は、フランスにおいて男がみな戦場に駆り出された結果、留守になった工場で代わって女が働いて武器をつくっていたことに驚きます。国家総力戦(トータル・ウォー)の実態を目の当たりにして、「同じことを日本ができるわけがない」と感じたのだと思います。

 総力戦体制以上に、誰も口にできない恐ろしいことがありました。石油の出現です。この新しいエネルギーによって、第一次世界大戦の戦いの様相は、石炭エネルギーが主役だった日露戦争とはまったく別のものになっていました。
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