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「自分の力」を信じる思想
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生き方・教養
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「力」のオンパレード

『「自分の力」を信じる思想』
[著]勢古浩爾 [発行]PHP研究所


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 わたしは子どもの頃から足が速いほうではなかった。運動会での最高記録は小学校で三位が一回、中学でなんの僥倖(ぎようこう)か一位を一回とっただけである。それでも、矛盾するようだが、体育は総じて好きだったし、得意でもあった。学力は、小学校の頃はクラスでだいたい十位以内にいた記憶があるが、その後はどうやら下降線をたどる一途だったのではなかったか。

 いつの頃からか、運動会で順位が廃止されたとか、成績表から五段階評価がなくなったということを聞くようになった。「力」の差を見えないようにしたのだ。しかし、中学受験塾は盛況である。中学では依然として、スポーツのできる生徒は人気者だろう。腕力のある子は別の意味でハバをきかしているだろう。勉強のできる子はガリ勉と揶揄(やゆ)されてはいても、高校受験を境にくっきりと明暗がわかれることになる。この段階ですでに、その後の人生に差がつくといいたいが、「幼稚園から差はつくのだ」と信じて有名幼稚園受験に狂奔する勝ち組志向の親たちもいる。

 いくら表面を小細工や欺瞞(ぎまん)糊塗(こと)しても、学童期から実際に個人の「力」の差はあり、それがそれ以後のさまざまな人生の場面(入試、就職、昇進)に現れてくる。社会にでるともっと露骨で、「力」の差は所属組織や収入や社会的地位の差となって、だれの目にもあからさまに見えるようになる。年功序列と終身雇用が崩壊したといわれる現在では、その「力」への要求がいささか異常性を帯びてきたといってもいい。
「『できる社員』はココが違う」という見出しで、「コンピテンシー評価に導入続々」という新聞記事がある。「コンピテンシー」とは、「高い成果を継続的にあげるための能力」(行動特性、と訳される)のことで、「優秀な社員の能力を分析して明文化し、ほかの社員を評価する基準にする」というものらしい(またぞろ、アメリカの心理学者が開発した評価指数の輸入だ)。東京電力を例に取ると「社員の能力を業務理解力・改善提案力状況判断力・対応力対人折衝力・調整力チームワーク指向性自己管理力業務知識・技能の習得・活用力、の六つの要素に分ける。その上で、職能に応じて優秀な社員の行動様式を提示し」、社員はその総合的な評価において職能等級に振り分けられる(『朝日新聞』二〇〇一・五・十一)。

 この反吐(へど)がでそうなほどの「力」のオンパレードを見よ。だが、いったいだれがこれらの「力」を評価するのか。鐘淵(かねがふち)化学は「評価の高い五十人の社員に聞き取り調査」をして評価するのだという。東京電力は「上司・本人など多面評価を実施」。しかし、だれが評価・査定をしようと、おなじ人間がやることには変わりない。この評価制度がどの程度効果的か、わたしにはほとんど興味がない。この「力」の猛威にだけ興味がある。

 ここで企業の意図はとりあえずどうでもよい。それがどうであれ、社員たちは落ちこぼれないようにと、息苦しいしのぎの削りあいをすることになる。「力」を証明しなければならないのだ。証明した者は「勝ち」、失敗した者は「負ける」。だが勝者も敗者も、ともにもっていたものは「自分の力」である。つまり「できる力」だ。そこに優劣が生じるのはしかたがない。運動神経のある子、ない子、勉強のできる子、できない子がいるのが事実であるように、仕事ができる人間、できない人間がいるのも事実だからである。そんなとき、「やればできる」というのは「できない」者にとってなんの慰めにもならない。
「勝つ者」はいい。「負ける者」に救いはないのか。社会生活的には、ない。「負ける者」は収入が少なく、昇進もせず、社会的地位もない。けれども「自分の力」はその両者に対応するものである。たしかに「負ける」人生はあるだろう。だれもがビル・ゲイツや孫正義になれるわけではない。だれもが有名企業に就職し、年収一千万以上を得、豪邸に住めるわけではない。だが、「自分の力」は人生への姿勢において「負ける者」を救う、とわたしは明言する。そもそも人生の「勝敗」という見方じたいを解体するのだ。これが()かれ者の小唄、負け犬の遠吠えではないということを、終章までにお見せしたい。

 もしそのことができなければ、「自分の力」など、たださもしくて、これ見よがしで、いやらしいかぎりではないか。
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