宮城谷昌光が描く古代中国の戦略家「楽毅」は、理想的な「まじめ」の姿である。その楽毅の妻孤祥が息子の楽間についてこのように語る。
間(楽間のこと……引用者注)は手のかかる子ではない。おとなしい。おとなしいということは、陰気であることとはちがい、自我の露呈を恐れる心をもっているということであり、幼児の世界しかみえない目とはちがう目で、ほかの世界をとらえているがゆえに、恐れる心が育つのであり、かえってかしこさのあかしである。
(宮城谷昌光『楽毅』第四巻、文藝春秋)
より広い世界、より広くより強い人間がいることを知り、そのまえでは卑小な自分の「自我」が露呈することを恐れる。