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和辻哲郎と昭和の悲劇 伝統精神の破壊に立ちはだかった知の巨人
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生き方・教養
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序 章 なぜ今和辻を顧みるのか

『和辻哲郎と昭和の悲劇 伝統精神の破壊に立ちはだかった知の巨人』
[著]小堀桂一郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:26分
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敗戦後も自らの立場を貫き通した、誇り高き知識人たち



 時代は常に移り替って行く。一箇の共同体がいかに均整の取れた秩序を保ち、その安定が保証されているように見えるとしても、やがてはその安定性自体に不安や疑念が生じるということも起る。その動因が一共同体の内部から生ずるにせよ外部から迫るにせよ、時代と共にある社会が常に内面的外面的変動に(さら)されるのを避けることはできない。


 問題はその共同体が、内外から襲って来る変動に向かってどのように対処し、適切な処理を講じた上で、未来に向けて既成の秩序を無事に保持してゆくことができるかどうか、ということである。その適切な対処の成否を決する要素は、結局はその共同体に(そな)わる適応能力であり、その能力の所在を具体的に言えば、国家社会の指導的人材ということになろう。


 危機の時代とその克服を成就すべき人材の出現という現象は、いかなる国の歴史を例にとっても後世の人間から見て興味の尽きない論題である。冒頭から本書の著者の旧作に言及したりするのは文筆の徒としてのたしなみを欠いた挙として(はばか)りがあるが、ここでは御諒解を乞うこととして、著者が昭和五十八年六月と七月に、当時好評だったオピニオン誌『諸君!』に分載した「若い友への手紙──歴史認識上のある欠落及び人間の変節に就て──」(同年十二月、日本教文社刊単行本『戦後思潮の超克』に収録)という一文はその論題に取組んでみた若年時の試論である。


 この論の副題にいうところの〈歴史認識上のある欠落〉というのは、和〓とは直接関係のないことで、昭和五十八年同論執筆の時点で見るに、日本人は過ぐる大東亜戦争を論ずるのに際して、あれは(ひつ)(きよう)「戦争」であり、つまり敵国(複数)を相手に国を挙げて戦った大事業であった、という簡単明白な事実の認識が欠けているではないか、との指摘である。「敵」の存在が視野から欠落しているゆえに、大戦争の禍害への考察が、さながら大きな自然災害への対処の反省ででもあるかのように、もっぱら自分の側の過失や手抜かりばかりを取り上げて責任の所在を追及したり、糾弾したりという論調が表面に出て来る結果となる。そのことへの批判を述べたものである。


 副題後半の〈人間の変節に就て〉が、本書に直接関係する論点である。


 昭和二十年九月二日午前九時に、東京湾内に進入して来ていた米戦艦ミズーリ号艦上において、日本国対米、英、華、ソ、濠、加、仏、蘭、及びニュージーランドの主要連合国九カ国との間の停戦協定が調印された。これをもって砲火を交えるという意味での相互の戦闘状態は(しゆう)(そく)した。それに代って新たに開始されたのが、勝利者側の連合国による今次大戦の自己正当化を図る情報宣伝戦だった。


 この情報戦は、日本がポツダム宣言の降伏条件を遵守して全軍の武装解除と復員、国軍組織の解散を実施し、連合国軍による日本国本土の保障占領を受け入れ、報道・表現の自由は奪われ、国際社会における外交権は停止された状態での対応だった。


 それゆえに日本にとっては圧倒的に不利、というよりも、あたかも両手両足を緊縛された上で相手から存分に殴られ続けているごとき状態であった。それはおよそまともな抵抗は不可能な、全国民の生殺与奪の権一切を占領軍に掌握された、悲惨な敗北の連続に他ならなかった。こんな状態が昭和二十七年四月二十八日の対連合国平和条約の発効、国際法上の真の意味での終戦の日まで続いた。


 この六年と八カ月の被占領時代、報道機関も市民個人も、旧敵国の軍隊による強権・脅迫によって言論表現の自由を奪われていたわけであるが、それでも人間の本然の要求としての内心の自由な()()の動きは自ら止めるわけにはゆかないという状態にあった。このような状況こそが知識人にとっての厳しい試錬の時代だった。


 この間、私どもは、差当っての少年時代の著者自身が、前記の論文の副題にいう〈人間の変節〉という現象について、実に様々の、皮肉を言えば多数の反面教師たちを通じてはなはだ豊かな経験を積むことができた。思えば貴重な修業時代を過すことができたのだと言ってもよい。


 上記の著者の論文は、激動の時代における人間の変節の諸相を自身の経験に即して()()述べているが、それらはもちろんここに引いて再説するほどのものではない。ただそれらの時代の消極面の観察と対照させて、そのような苦難の時期においても節を曲げることなく、自己本来の立場を秘かに貫き通した少数の知識人は存在していて、その人たちの存在が結局、一切の意志表示の場を持たなかった無言の庶民にとっての人間の節操というもののあり方の指標となっていたという事実はあった。


 そしてそのような少数の節義ある人々の姿勢をよく吟味し、それに倣うことによって我々は現在の依然として変転目まぐるしい時代相の中で、何が変らざる一線であり不動の点であるかを見究める眼力を養い、悔いのない身の処し方を選ぶこともできよう、といった助言で一文を結んでいた。

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