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第五章 逆境がある仕事と人生ほど素晴らしいものはない

『「仕事」論』
[編著]岬龍一郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:19分
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病気という逆境も、考え方次第で順境になる
 先に少し触れたのだが、筆者は、四十歳のとき、“胃潰瘍”で半月の入院をしたことがある。

 そのときに、友人が見舞いとして本を差し入れてくれた。スイスの哲学者でかつ政治家だったカール・ヒルティの『幸福論』という本である。当時の筆者は、創設されたばかりの情報会社から請われて、社長業の激務をこなしていた。いま思えば後に大病となるガンの初期であったのだが、そのころはガンの告知義務がなく、医者と家族は筆者のショックを気づかって胃潰瘍と告げていたのだった。

 仕事という面では、順調な、つまり順境にいた自分が、仕事ではなく健康面で、突如として逆境におちいることになった。

 そういう意味で健康なくしては、何もできない。健康第一であるということを思い知る機会であった。

 たった二週間の入院生活であったが、正直にいうと、当時はさほどその本の価値を感じられなかった。

 早く治して、仕事に戻りたい、その一心だった。

 だがしかし、いまの筆者には、ヒルティの言葉は心にずしりと響くものがある。以下の一節はとくに筆者の好きな文章なのだが、まさにヒルティがいうように、そのときの病気は多忙すぎた筆者にとって必要なものだったのであり、あらためて“神の計らい”であったのだと思う。

〈今日のあまりにも多忙な多くの人たちにとっては、きわめて必要な閑暇、完全な休養、過去や未来を落ち着いて見渡すこと、人生の真の宝についての正しい認識、かずかずのよき思想、自分の持っている一切のものに対する感謝などは、ただ病気のときにのみ与えられる。これらのものは総じて、つねに健康であれば、ちゃんとした立派な人々からでさえ、ともすると失われがちである。

 病気のおかげで、人生最大の喜びの一つである病気の快癒と、生命の新しい充実の満足感とを味わうことができる〉
(ヒルティ著 草間平作訳『幸福論〈第三部〉』岩波文庫)



 いまも筆者は病気とつき合いながらの、執筆・講演活動なのだが、この言葉をつねに頭の奥底に置くようにしている。

 この病気の「利益」については、安岡正篤の『経世瑣言(さげん)』という本からも恩恵を受けた。安岡はこの本の中で平生の“精神健康法”として、次の三原則を書いていた。

 一、心に喜神を持つこと。二、感謝の念を持つこと。三、陰徳を積むこと。

 意訳すると、こうなる。

 一は、どんなに苦しいことがあっても、心の中に喜神を持っていると生き方が違ってくる、というのだ。要するに、われわれは人からそしられたり批判されたりすると、怒ったり恨んだりするのが人情であるが、その批判は自分を反省するいい材料であると思えば、錬磨のきっかけとなる、というのだ。

 二は、何ごとでもありがたいと思える心をつくれ。たとえ貧乏しようと、大病を患おうとも、「いま自分は神によって鍛えられているのだ」と感謝の念を持てれば最高級の人物となれると。

 三は、人が見ていようと見ていまいとつねに善いことを心掛けること。どんになに些細なことでもよい、機会があれば人知れず善いことをすること。そうすると心はおのずから楽しくなると。

 これらは思うだけなら簡単であるが、実行することは至難の業である。だが、ガンが悪化し二度目に入院したときは、「神様はいま自分を試しているのだ」と思い、これまでの人生を反省するために病気を与えてくれたのだと考えるようにした。すなわち、ヒルティや安岡の言葉を知ることによって、いささかではあるが感謝の念を持つことができたのである。
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