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世界一周! 大陸横断鉄道の旅
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旅行
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第2便 大陸横断鉄道

『世界一周! 大陸横断鉄道の旅』
[著]櫻井寛 [発行]PHP研究所


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 シドニー・スタイション
「シドニー・セントラル・ステーション、プリーズ!」
「セントラル・ス()イション? オー()イ、オー()イ!」

 立派なあご(ひげ)をたくわえたドライバーは、笑顔でこう答えるとタクシーをスタートさせた。だが、彼の笑顔とはうらはらに、私は不安でいっぱいになった。彼の英語が聞き取れなかったのである。
「え? 彼は今、何て言ったのだろう……本当に中央駅に行ってくれるんだろうなあ」

 いきなりのオージー(オーストラリア人)・イングリッシュの洗礼に私はもう、たじたじなのである。返す言葉もない。けれども列車に乗り遅れては一大事だ。おそるおそる、もう一度問いなおしてはみたのだが、
「オー()イ、オー()イ、ノープロブレム!」

 と、取り合ってはくれない。



 オーストラリアではAを「アイ」と発音することは話には聞いていたが、実際に耳にするのははじめてである。スタイションが「駅」、オーカイが「OK」であることをようやく理解できたのは、車がシドニーのダウンタウン中心部を抜け、目の前にレンガ色の堂々たる建物が現れたときのことだ。彼は指さし、高らかに言い放った。
「シドニー・セントラル・スタイション! アー・ユー・オーカイ?」

 オーストラリアに来たのは、はじめてである。これまで世界五十数カ国を旅し、三三カ国の鉄道に乗っていながら、なぜかオーストラリアに来るチャンスはなかった。いやいや、チャンスはいくらでもあった。すぐ隣のニュージーランドヘは何度も行っているうえ、わずか二週間前にもニュージーランドに滞在していたのだから、その気にさえなれば、空路三時間少々でやってこれたのである。



 それでもオーストラリアに来られなかったのには、いや、あえて来ようとしなかったのにはわけがある。オーストラリアに行くときは、必ずAN(オーストラリア国鉄)の誇る大陸横断鉄道『インディアン・パシフィック号』に乗るそのときと、心に決めていたからだ。

 けれども、肝心のチケットがなかなか入手できなかった。『インディアン・パシフィック号』は超人気列車であり、その寝台券は遅くとも一カ月前、シーズン中は三カ月前には売り切れてしまうほどなのである。

 ニュージーランド滞在中にも、オークランドにあるオーストラリア国鉄予約センターで、そのチャンスをうかがっていた。が、答えはやはり一カ月先までソールドアウト……売り切れであった。皆さん『インディアン・パシフィック号』の旅を何カ月も前から楽しみにしているそうで、キャンセルもなかなか出ないのだそうだ。私は泣く泣く日本へ戻らざるをえなかったのである。

 ところがである。そうこうするうちに『大陸横断鉄道の旅』(トラベルジャーナル刊)の発行予定の二月中旬が、目前に迫ってきてしまった。逆算すると写真と原稿の締め切りは九月末日がぎりぎりである。大陸横断鉄道の一編にオーストラリアの『インディアン・パシフィック号』を欠くことは、どんなことがあっても許されまい。

 私は大いにあわてた。ニュージーランドより帰国するやいなや、『インディアン・パシフィック号』のチケットを入手するために、ありとあらゆる旅行代理店を必死になって駆けまわった。

 はたして……取れたのである。取れてしまったのである。それはもう天にも昇る気持ちであった。ただし、シドニー〜パース間、四三四三キロを乗るにしては二九〇オーストラリア(AU)ドル(約二万一七五〇円)と、妙に安いのが気にはなったが、この際、それはどうでもよかった。私が手に入れたチケットには“エコノミークラス”とは記されているものの、間違いなく『インディアン・パシフィック号』のものであったからだ。


 消滅したエコノミークラス

 堂々たるレンガづくりのシドニー中央駅は、ネオゴシック様式の重厚感あふれる建物であった。一翼に高い時計台をもつその姿は、どこか英国ロンドンのターミナル駅を思わせるたたずまいだ。けれどもロンドンと決定的に異なるのは、頭上に雲一つない青空が広がり、強烈なほどの太陽光線が降り注いでいることであった。

 かつて、来る日も来る日も暗雲垂れこめるロンドンに、とことん閉口した苦い思い出がある。そんな私だけに、この文句なしのオーストラリアの晴天にはもうゴキゲンなのである。しかも、これから念願の『インディアン・パシフィック号』に乗車する身とあっては、なおさらのことだ。

 タクシーを降り、駅舎のなかに一歩入るとそこは明るく広大なコンコースであった。そしてその先には幾本ものプラットホームが延びている。左端のホームからは二階建ての大柄な電車が頻繁に発車してゆく。中央の五番線にはブリスベン行きのオーストラリア一の駿足を誇る特急『XPT』が停車している。三番線のディーゼルカーは首都キャンベラ行きの『エクスプローラー号』だ。そして右端の一番線には、銀色に光るひときわ長い列車が停車している。
『インディアン・パシフィック号』である。

 はじめて見るオーストラリアの鉄道だから、『XPT』にも『エクスプローラー号』にも興味津々なのだが、思わず『インディアン・パシフィック号』に駆け寄ってしまう。発車時刻まで充分時間があるので、先頭から最後部までこの列車の編成をじっくり眺めてみる。

 あまりの長編成のため列車の先頭部はプラットホームから大きくはみだしているが、先頭に立つのは巨大なディーゼル機関車である。それも重連(二両)だ。色はグリーンとイエローのツートーンで「AN」のフラッグカラーに塗り分けられている。広大な大陸を横断する機関車である。頼もしいばかりの巨体ではあるのだが、どこか達磨(だるま)さんを思わせる丸い顔がユーモラスだ。

 ディーゼル機関車に続いて「モートレイル」と呼ばれる車運車が一両。その上には乗用車が六台載っている。これまた大陸横断鉄道ならではの風物詩で、乗客と車を同時に運んでしまう陸のカーフェリーである。

 その後ろには銀色に光る客車が長蛇の列をなして続く。ボディはステンレスのシルバー一色ながら、車体中央には砂漠の王者“イーグル”の絵と“インディアン・パシフィック”の文字とがあしらわれ、なんとも誇らしげだ。

 一六両編成の客車は、前からA号車、B号車、C号車の順で組成されており、数えてみれば、驚くべきことにA〜K号車(IとJは欠番)の九両がもっとも豪華な“ファーストクラス”で占められている。ことにD号車のラウンジカーと、E号車のダイニングカーはカーテン越しに覗いただけでも、その豪華さはプラットホーム上にまで伝わってくるのであった。

 続くO、N、L、M号車の四両は“ホリデークラス”で、ファーストクラスよりエコノミーな寝台車である。ちなみにシドニー〜パース間のファーストクラスは九三二AUドル(約七万円)、ホリデークラスは五九八AUドル(約四万五〇〇〇円)だが、ファーストクラスには全行程の食事代が含まれている。となれば、どうせ乗るならファーストクラスだ。

 ファーストクラス、ホリデークラス合わせて一三両の寝台車の後部には、T、V号車と二両の“コーチクラス(二等座席車)”が続き、しんがりは乗客の荷物や自転車、バイクなどを載せるラゲッジカー(荷物車)であった──と、『インディアン・パシフィック号』の全編成を詳細に検分し終えた時点で、私は重大な事実に気がつく。
「私の乗るべき“エコノミークラス”が、どこにもない!」のである。

 時計の針は一四時をまわり、プラットホーム上では『インディアン・パシフィック号』の改札が始まろうとしていた。いくら安いチケットだったとはいえ、乗るべき車両がないとは、一大事である。私はあわててホームの係員に詰め寄る。
「ボ、ボクのエコノミークラスがどこにもないのです!」

 大きく腹の突き出た初老の係員は、あせりまくる私とは対照的に悠然とこう答えた。
「エコノミークラスはですね、なくなったのです。ハイ!」
「オオ! マイゴッド!」

 こんなとき、私は自分でもびっくりするほどオーバーアクションになり、大げさな英語がポンポンと飛び出してくるのである。そんな私のあわてぶりを楽しむと、彼はいたずらっぽく笑い、そしてウインクした。
「ご安心なさい。エコノミークラスはついこのあいだ、ホリデークラスに名前が変わっただけなのです。どれどれ、チケットを拝見しましょう」

 出発前の日本ではこの情報を得ることができなかったが、料金はエコノミークラスのままで、グンとサービスアップさせたホリデークラスがつい一カ月ほど前にできたばかりなのだそうだ。ホリデークラスはお得で快適と、彼はPRする。
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