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報道しない自由 なぜ、メディアは平気で嘘をつくのか
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政治・社会
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第3章 なぜ、メディアは「歴史洗脳」をするのか

『報道しない自由 なぜ、メディアは平気で嘘をつくのか』
[著]西村幸祐 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:43分
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いまなお生きている『閉された言語空間』



 なぜ、日本のメディアはフェイク・ニュースを量産し続け、それで平気なのか。私は単刀直入に知人の某民放テレビ局幹部に尋ねることにした。彼はこう応じてくれた。

「答えは簡単です。われわれの現場も含めて、いまも『閉された言語空間』のままだからですよ」

『閉された言語空間』は、いうまでもなく戦後を代表する文芸評論家である()(とう)(じゅん)(1932~1999年)が1989(平成元)年に(ぶん)(げい)(しゅん)(じゅう)から刊行した論文集である。サブタイトルに「占領軍の検閲と戦後日本」とあり、評論の内容は簡潔明瞭にこのとおりである。


 江藤は1979年10月から9カ月間をかけてアメリカの国立公文書館やメリーランド大学のプランゲ文庫などでGHQの検閲に関する公文書の重要な一次資料の発掘と研究を行った。論文は1982年および1986年に雑誌『諸君!』(文藝春秋、2009年休刊)に断続的に発表される。

『閉された言語空間』は、それらを一冊にまとめたものだ。1994年に文庫化され、その「文庫版あとがき」にはこうある。



 米占領軍の検閲に端を発する日本のジャーナリズムの隠微な自己検閲システムは、不思議なことに平成改元以来再び勢いを得はじめ、次第にまた猛威を振いつつあるように見える。


〈米占領軍の検閲〉とは報道における用語などの表現、報道していいこと、いけないことを、GHQが処分罰則を設けて規制したことを示している。〈自己検閲システム〉とはGHQ検閲の慣習がそのまま残り、法的な罰則があるわけではないのに検閲の方法論に従うことを示している。


 江藤は〈平成改元以来再び勢いを得はじめ、次第にまた〉と書いている。つまり、現在の日本はGHQ検閲の慣習が〈猛威を振いつつある〉渦中だということになる。


 そして、それは、たとえば2016年、NHKがスクープしたとされる天皇陛下のいわゆる「生前退位」報道に明確に表れている。


日本の歴史を破綻に追い込む「退位」という表現



 NHKは2016年7月13日の夜の各ニュースで、次のように伝えた。



 天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示されていることが分かりました。数年内の譲位を望まれているということで、天皇陛下自身が広く内外にお気持ちを表わす方向で調整が進められています。



 非常にアクロバティックに構成されたニュース原稿であると思う。まず明らかにしておかなければならないのは、日本において「天皇が退位する」という状況は存在しえないということだ。


 退位とは「地位を手放す」、ただそのことを意味する。他国で一般的にいわれる「君主」であれば、君主が君主の法規と権限とにおいて座を降りることは可能だろう。しかし、日本における天皇にとって、それは不可能である。


 天皇家は初代(じん)()天皇以来、今上天皇陛下まで125代を数える、綿々たる(ばん)(せい)(いっ)(けい)の家系である。女帝であった第37(さい)(めい)天皇のあとに一時、(なかの)(おお)(えの)(おう)()(のちの(てん)()天皇)が称制を敷くなど、天皇位におけるわずかな空白は史上にいくつか認められるが、天皇という存在が「まずある」のが日本という国の基本である。


 したがって、天皇家は天皇家をサポートする臣下一族や官僚もまた、その家系を男系において絶やさないことに死力といっていい努力を重ねてきた。そして、最も重要なことは、天皇という存在の核心は(だい)(じょう)(さい)によって引き継がれる「(てん)(のう)(れい)」にあるということだ。

「天皇霊」は民俗学者の(おり)(くち)(しの)()(1887~1953年)による学術用語だと思われている(ふし)がある。折口は〈此は、天子様としての威力の根元の魂といふ事で、此魂を附けると、天子様としての威力が生ずる〉(論文『大嘗祭の本義』)と説明しているが、その前に出典を明らかにしている。

「天皇霊」は『()(ほん)(しょ)()』(720年成立)の「巻第二十()(たつ)天皇 ()()(くらの)(ふと)(たま)(しきの)(すめら)(みこと)(第30代)に初出する。反乱を起こした蝦夷(えみし)が平定され、()()(やま)に向かって次のように誓う。


「私ども蝦夷は、今から後、子々孫々に至るまで、清く(あきらけ)き心をもって、(みかど)にお仕え致します、もし誓いに背いたなら、天地の諸神と天皇の霊に、私どもの種族は絶滅されるでしょう」(()()(たに)(つとむ)訳『全現代語訳 日本書紀』(こう)(だん)(しゃ)


「天皇の霊」はもとの漢文表記で「天皇霊」である。「帝」は「(てん)(けつ)」(一般的には(きゅう)(じょう)の門の意味。天皇をお住まいで呼んだ言葉。()(もん))と書かれている。つまり、「帝」と「天皇霊」は書き分けられている。


 蝦夷が滅ぼされるのは帝によってではない。天皇霊によって滅ぼされるのである。そして、天皇はこの「天皇霊」を引き継いでいく存在なのだ。


 天皇は「天皇霊」をないがしろにすることはないし、ないがしろにしようという発想さえない。また、大切に考えようという発想もない。いうまでもなく、「ある」ものだからだ。これが日本の歴史である。

「退位」という言葉は、それそのものをなくしてしまうという意味、端的にいえば「天皇を廃止する」というニュアンスも含んでいる。「天皇霊」がまずある日本世界には、このことはありえない。


 先に掲げたNHKのニュース原稿は、いわゆる「天皇制廃止」を主張する左派勢力に気を使い、かつ伝統的な「譲位」という言葉も使っていわゆる保守派に気を使い、「生前退位」という新語を編み出して、ブラックホールのようになんでもかんでも収容できるようにした。そういう意味では非常にすぐれた文章になっている。


 同時に、だからこそ、日本の歴史から見てまったく破綻した原稿であることは間違いなく、したがって、このNHKのニュースは完全にフェイク・ニュースである。


 よって、一部新聞(産経新聞のことだが)は、今後は「退位」ではなく「譲位」を使用するといういわずもがなのことを、わざわざ紙面を割いていわなければならなかった。このまったくバカバカしい状況が、江藤のいうGHQ検閲の慣習が〈平成改元以来再び勢いを得はじめ、次第にまた猛威を振いつつある〉(前掲)状況である。


「言葉狩り」される皇室用語



 江藤は文芸評論家であるが、『閉された言語空間』は多分にサスペンス的なおもしろさまで含むドキュメンタリーとしても読むこともできる。未読の方は現在、これだけ江藤の存在自体が日本のジャーナリズムの「言語空間」から抹殺されているからこそ、ぜひ一読いただきたい。


 なお、前項のNHKのニュース原稿で目立って気になるのが「皇太子さま」という表現だが、これもまた、『閉された言語空間』で指摘されている。江藤は天皇陛下御在位60周年の記念ドキュメンタリー映画を監修するにあたって、製作側が皇室用語にきわめて多くの自己規制をかけていることを実感した。御在位60年の天皇とは、もちろん昭和天皇のことである。


 製作側にはテレビ放送の通例に沿うための関係用語集という資料まであり、「まえがき」には〈用語は現代感覚に照らして慎重に検討しとくに時代錯誤をチェックした〉とあった。日本の歴史は現代日本の表現製作の場では〈時代錯誤〉と一蹴されるようである。


 その事例として、次のようなものが挙がっていた。


×(せん)()→即位

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