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日本人が知らない「世界の宗教」の見方
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生き方・教養
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第四講 キリスト教 2──ヨーロッパにおける信仰の推移

『日本人が知らない「世界の宗教」の見方』
[著]呉善花 [発行]PHP研究所


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ヨーロッパへの浸透と拡大



 キリスト教は一世紀にパレスチナに発生してまもなく地中海世界に広がり、次いで西ヨーロッパに入り、二世紀になるとローマ帝国内で古カトリック教会を形成しました。二世紀末にはローマ帝国全域に広がり、ローマ、エジプトのアレクサンドリア、シリアのアンティオキアが当時のキリスト教の中心地でした。その間、キリスト教に対する迫害が数々行なわれましたが、二世紀末にはローマ帝国人口の一割を占めたといわれます。


 キリスト教は三一三年にローマ帝国内の公認宗教となり、三九二年にはローマ帝国の唯一の国教となりました。キリスト教は国教化とともに変質をとげていきます。教会が帝国の統治機構に組み込まれていくなかで、しだいに世俗権力の支配に有効に適応できる体質をつくりあげていきます。と同時に、人々の宗教意識や生活習俗を取り込みながらヨーロッパへの土着をとげていったのです。以後、キリスト教は信仰のあり方や教義をめぐって、大きく三回の分離・分裂の過程を〓り現在に至っています。


 キリスト教が東洋に伝来したのは、中央アジアを通って七世紀前半に中国に入ったネストリウス派(中国での(けい)(きよう))が最初です。その後十三、十四世紀にフランシスコ会、ドミニコ会によるインド伝道があったと伝えられます。十六世紀になるとアジア伝道が本格化し、一五四二年にイエズス会士ザビエルがインド西海岸のゴアに上陸します。その後十年以内に日本を含む東アジア一帯にカトリックの布教範囲が広がりました。十七世紀にはアメリカ大陸に渡り、近代の植民地時代を通してアジア、アフリカ、南太平洋地域に拡大しました。


 ここでは、ヨーロッパ地域でキリスト教が〓った信仰の推移を中心に講義を進めていきます。


「異教」との習合で生まれた祭事



 ローマ帝国時代のヨーロッパは、ローマ化されていないゲルマン地域も、すでにローマ化されていた地域も、長らくさまざまな多神教が支配する世界としてありました。


 そうした「異教」の伝統下では、子供の誕生、結婚、葬儀などの人生の節目や、農耕における()(しゆ)と収穫、その他病気や災難に見舞われたときなどにさまざまな儀礼がありました。そして、それぞれの生活領域に固有の神々がいました。キリスト教は異教を否定しながら、生活の具体的な局面では、それらの儀礼や神々を取り込む形で独特な習合をとげていったのです。


 習合の結果生まれた祭事には、次のようなものがあります。



 クリスマス(Christmas)


 イエス・キリストの降誕記念日(誕生記念日)を英語ではクリスマスといっています。クリスマス(Christmas)はキリスト(Christ)のミサ(mass)の意味です。Xmas と書くのは、ギリシア語のクリストス(ΧΡΙΣΤΟΣ)の頭文字のΧをとったものです。キリスト降誕祭は、フランスではノエル、イタリアではナターレ、ドイツではヴァイナハテンといっています。

『新約聖書』にはキリストの誕生日がいつかは記されていません。それでも初期のキリスト教徒は一月一日、一月六日、三月二十七日などにキリストの降誕を祝っていましたが、キリスト教会としては祝うことはありませんでした。三世紀の神学者オリゲネスはクリスマスを定めることは異教的であると非難してもいます。


 クリスマスが十二月二十五日に固定され、本格的に祝われるようになるのは四世紀半ば、教皇ユリウス一世(在位三三七~三五二年)の時代です。十二月二十五日としたのは、その日がローマの冬至の日であり、この日がキリストの生誕を記念するのに最もふさわしい日と考えられたからです。


 ヨーロッパでは古くから冬至祭が盛大に行なわれていました。人々は神々に犠牲を捧げ、豊作・豊穣を祈って火をたいたといいます。冬至は太陽の光が最も衰える時であり、翌日から太陽の光は勢いを増していきます。冬至はあらゆる生命の死と再生を象徴しています。


 冬至は古い世界が終わり、新しい世界が始まる日と考えられていたことから、またイエスはこの世を照らす光、太陽ともいわれたことから、冬至の日にイエスの降誕を祝うようになったのです。



 ハロウィン(Halloween)


 十月三十一日の夜に行なわれるハロウィンは、古代ケルト人のサムハイン(Samhain)祭が起源といわれます。これは死の神サムハインを讃え、新しい年と冬を迎える祭りで、この日の夜には死者の魂が家に帰ると信じられました。キリスト教の(でん)()に伴い、この祭りはキリスト教に取り込まれ、諸聖人の祝日である(ばん)(せい)(せつ)(十一月一日)の前夜として位置づけられました。



 バレンタインデー(St. Valentine's Day)


 二月十四日は、二六九年のこの日に殉教したとされる聖人ウァレンティヌス(Valentinus)の祝日です。バレンタインはその英語読みです。ローマ皇帝クラウディウスは戦士たちの志気低下を恐れて兵士たちの結婚を禁止しましたが、ウァレンティヌスはこの禁令に背いて兵士たちの結婚式を執り行なったために処刑されたとされます。


 古代ローマではこの日を豊穣祈願祭(ルペルカリア Lupercalia)として祝っていましたが、同時に民間では古くよりこの日から鳥が発情して(つが)い始めるといわれており、それが聖人ウァレンティヌスの伝承と結びついて、ウァレンティヌスは恋人たちの守護聖人とされるようになったのです。

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