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あなたは何を信じて生きるのか 確信の喪失
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政治・社会
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第二章 日本の選択

『あなたは何を信じて生きるのか 確信の喪失』
[著]西尾幹二 [解説]佐伯啓思 [発行]PHP研究所


読了目安時間:1時間5分
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 ネオナチの蛮行


 一九九二年の前半、私は東ヨーロッパを歩いて来ました。そのときの印象深い光景からお話してみたいと思います。


 一九九二年三月の末、ポーランドの首都、ワルシャワの駅頭で、一目でそれと分るジプシーの家族が固まって、寒さをしのぎながら夜を明かしている光景を見ました。何十組もの家族が、着の身着のままでうずくまっているのです。


 彼らはルーマニアを脱し、ポーランドを経て、ドイツに向かおうとしていたようです。ドイツの寛大なる難民政策の恩恵に浴すためです。ドイツとポーランドの国境にはオーデル川が流れています。そのオーデル川を泳いで渡って、旧東ドイツ領へ入る。そうすれば、今では旧西ドイツまでは歩いて行けます。もう誰にも妨げられません。真冬には、ジプシーの子どもの溺死体が、毎日のようにポーランドの岸辺に打ち上げられていたという話も聞きました。


 いったん日本の外へ出ると、こういう光景、こういう話題にたえずぶつかります。つまり日本の外は至るところ寒風吹きすさぶ荒蕪地なのです。しかし日本はそうではありませんね。何ということだろうと、思うわけです。


 帰国して八月に、旧東ドイツの北の港町ローストックで、極右(ネオナチ)と称される青年たち五〇〇人が群れをなし、難民の宿舎を襲撃するという事件が起こり、私はこれをテレビで見ました。狂ったように火焰瓶を投げる青年たちと警官隊が激しく衝突しましたが、このとき驚くべきことが生じました。青年たちを三〇〇〇人もの市民が取り囲み、「外国人よ、出て行け。ドイツはドイツのためにある」と、いっせいに歓声を上げ、拍手喝采したといいます。これには世界中が愕然とし、目を()いて驚いたものです。


 そしてこのローストックでの騒ぎは、たちまちドイツ全土の二十数箇所に飛び火していきました。ザクセンハウゼンにある、ナチの蛮行を忘れないようにするために保存されている強制収容所も焼き討ちにあっています。青年たちの熱狂するロック音楽の一節は、「ジプシーどもを強制収容所へぶちこめ」というものでした。私はワルシャワ駅頭のジプシーの家族を思わず想い出していました。



 極右の台頭


 現在、旧東ドイツには約四万人のネオナチと称される青年がいますが、その一〇分の一は暴力犯です。とりわけ旧東ドイツのメンバーの多くは元共産党青年団員で、ピオニールといって赤いネクタイをしていた、かつてのエリート党官僚の子弟たちです。彼らは将来、党の幹部になるものだと思っていたのが、人生の行路が行き止まりになってしまい、暴力的極右集団に身を任せるようになったと言われています。


 ドイツには他に、もっと政治的でもっと理論的な極右政党も台頭しつつあります。とくに元ナチス武装親衛隊員フランツ・シェーンフーバーが率いる「共和党」は、奇妙なことに地球環境保護を旗印にかかげております。そして今や消滅しかけている「緑の党」顔負けの平和運動めかした議論をさえ押し立てて、さっそうと台頭してきました。


 また同党にはロルフ・シュリーレルという若手の理論家もいて、人気を集めております。彼は火焰瓶を投げるような、そういうばか騒ぎからは厳しく距離をおいていますが、それでいて、「国連平和維持活動のような仕事のために、ドイツ兵の血を一滴たりとも流すな」と叫んでおります。


 これは、国連平和軍というようなことのために、つまり外国のために、国民がそこまで努力する必要はない、ドイツ人がもし血を流すなら、ドイツ国民のために流せ、ということであります。これには勿論一理ないわけではありません。人は自分の妻子のために、郷土のためには戦えますが、見ず知らずの土地に行って、「国際貢献」のために生命を危険にさらすことが出来るものかどうか、あるいはすべきものかどうか、はなはだ疑問だからです。彼はですからじつに巧みに、社会の内部に巣食っている潜在的なナショナリズムの感情に訴えかけるすべを知っていると言えます。


 最近の世論調査では、ドイツ国民の九六パーセントが、流入する外国人問題の解決を政治上の最重点事項に上げているということであります。「ドイツ人の意見がこんなに一致したことは滅多になかった」と『シュピーゲル』(一九九二年一〇月二六日号)はコメントをつけていました。


 国民の九六パーセントが一つの案件に集中するということは、たしかに容易ならざることであります。日本には憲法九条の問題がありますが、これが九六パーセント、改正という方向へ全面的に動くというようなことは、よほどのことがないかぎり起こりえないことでしょう。しかしドイツはそういう問題を抱えております。日本に憲法九条問題があるように、ドイツには憲法一六条問題があります。それをいよいよ変えようというのです。よほど全国民的に困ったことが起こっている証拠です。



 難民に苦慮してきたドイツ


 ドイツの憲法一六条は非常に簡単な条項で、「政治的に迫害された人間はわが国においては庇護される権利を有する」という(もん)(ごん)です。しかし実際に行なわれている措置は世界に類を見ないほど寛大なものです。ドイツの国境にたどり着いた者は、亡命の申請書を提出さえすれば、その日から住居と生活費が支給され、さらに労働権も与えられるというものです。その費用は一人、平均月額一〇〇〇マルク(約八万円)程度と言われています。


 もちろん、政治的に迫害された人間かどうかを審査する必要があるのですが、審査には五年も六年もかかるので、事実上、空文化してしまっています。大体二〇人のうち一九人が偽物だと言われています。つまり政治的に迫害されているかどうか分らない人間、いわゆる経済難民が九五パーセントもいるという勘定です。


 具体的にどういうことを意味するかというと、ヨーロッパに押し寄せる難民の六割以上をドイツが受け入れてきました。一九九一年だけで三五万人、一九九二年は五〇万人、今年(一九九三年)は恐らく七〇万人の難民が、ドイツの国境をめざしてやって来るであろうと見られています。一九九三年初頭で、亡命の申請書を出して審査待ちしている者の数が四一万八〇〇〇人です。さしものドイツも、これには悲鳴をあげてしまいました。経費も大変です。一九九二年だけで納税者に八〇億マルク(六五〇〇億円)に近い負担となりました。これはドイツのODA(政府開発援助)にほぼ匹敵する額です。しかも、いわゆる直接経費がこれだけかかったという意味で、これに行政費、医療費、法廷費用、通訳代などを加えますと、年間支出は三五〇億マルク(三兆円)近くにもなるだろう、と言われているのです。


 先ほどのジプシーの群れが寒空の中、子どもの溺死体が浮かぶようなポーランド国境の川を泳いで渡ってくる、そのために死者が出たからといって、そのことでドイツの新聞が「かわいそうだ」とか「気の毒だ」と書き立てることはありません。それどころじゃないのです。ドイツ人はどんどん入って来る難民を受け入れることに悲鳴をあげているのですから。


 それならなぜ、たとえ憲法にそういう規定があっても、実際の取り扱いにおいて現実的な措置がとれないのか、と思われるでしょう。それが出来なかったのです。憲法一六条が成立した背景には、第二次大戦時におけるナチズムの民族政策に対する反省ないし反動があるからです。ナチスのやった、地上から一定の集団、一定の民族を抹殺するという政策がどんなに狂暴なものであったかは、ご存知の通りです。ユダヤ人六〇〇万人。ジプシーが相当数います。さらに肺病患者をまとめて強制収容所に入れて、ガス室で虐殺しております。


 これはもう、私がいろいろ申し上げなくても、世界史上知らぬ者とてない戦慄的出来事であります。


 ナチスのプログラムでは、続いて全ポーランド人の絶滅、全ウクライナ人の絶滅、全ロシア人の絶滅という予定もあったし、さらに心臓疾患者をその家族もろともに絶滅するというプログラムもあった。というわけで、ユダヤ人の虐殺が進行するプロセスで、ポーランド人はユダヤ人の“処理”──処理ですよ──が終結するのを非常に恐れていた。なぜなら、次は自分たちの番だ、という恐怖があったからです。


 そういう話を聞いたことがあります。



 ドイツの憲法改正問題


 特定の集団に属しているというだけで、大量の人間を理由もなく罪にして、始末するということをやった政権、政体というのは、史上二つしかありません。ドイツと、一九三〇年代から五〇年代にかけてのソヴィエトです。この二つの政体だけが、強制収容所と秘密警察、それに特殊任務部隊を駆使して、特定の集団に属する人間を無差別に殺害するということを実行しました。


 この二つの体制はそういう特殊な、あるいはきわめて現代的な全体主義だということが言えるでしょう。全体主義の中でも際立って現代的な現象でした。このような構造を備えた全体主義は、西欧の他の地域にはありません。建設途上の毛沢東の中国と、ポル・ポト支配下のカンボジアにもこれに類する惨劇が起こったことは周知の通りです。このように全体主義の大量虐殺は他の国にもありますが、今申し上げたようなことがともかくあったということで、戦後のドイツの政治史と戦後史はねじ曲げられて来ました。


 ドイツの憲法一六条の規定は、これに対する強い罪の意識と、贖罪の感情というものから成り立っています。したがってこの条項を少しでも後退させ、外国人の流入に厳しい措置をとることは、諸外国から非難を浴びることになりますし、加えて国内では、野党、社会民主党を中心に強い反対運動があって、一六条の条項に手を加えることが永い間どうしても出来なかったのです。


 日本も憲法の問題には手を焼いておりますが、憲法の改正が国民投票を必要とするためそう簡単には出来ないわが国と違って、ドイツの場合には、過去三五回も憲法改正が行なわれています。三五回もですよ。PKO問題やPKF問題、主として海外派兵の問題については、ドイツは余りこだわりなく変えていきます。


 とりわけECの統合によって、将来ドイツの軍隊はフランス軍やイギリス軍と共同行動をとらざるを得なくなると仮りにしますと、NATO域外に軍隊を派遣する件についても、憲法の改正は進みそうです。日本のように、カンボジアでポル・ポト派が爆弾一つ投げたら逃げて帰ってくるかどうかが問題になる、というような話ではありません。実際に交戦権を持つ軍隊を派遣することについて、ドイツ人はそれほどこだわっていません。だから恐らく、ドイツはこの点での憲法改正は実行するでしょう。


 しかしどうしても手を加えることができないで来たのが一六条です。これはもう宿(しゆく)()のごとくドイツ人の感情にとりついて、動きがとれなくなっていました。動きがとれないのは、ドイツの過去の犯罪に深く関係があるからだということは、お分りだろうと思います。



 緊急課題は難民規制だった


 そういうわけで、コール政権は困り果てたあげく、一九九一年に三つの条件に適合する者は国境で追い返すという案を考えました。第一の条件は、他の国で政治的な迫害と見なされず、拒否された外国人です。例えばフランスが入国を拒否したルーマニア人のように、フランス政府がノンというスタンプをパスポートに押した人間はドイツも受け入れをお断りするというものです。そのような人々までもドイツが受け入れる必要はないだろうというのが、コール内閣の考えでした。フランスでもイタリアでも、はっきりと国境で追い返しているわけですから、ドイツがそこまで背負うことはないだろうというわけです。


 第二の条件は、例えばフランスとかイタリアなどの安全な第三国で生活しているんだけれども、より良い生活条件を求めてドイツにやって来ようとする外国人です。これも国境でお断りしていいだろうと考えられたのでした。


 第三の条件は、現在のロシアのように政治的迫害というものがなくなってしまったと考えられる地域から来ようとする外国人です。

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