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獣神サンダー・ライガー自伝(上)
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Chapter.9 ジュニア8冠統一トーナメント

『獣神サンダー・ライガー自伝(上)』
[著]獣神サンダー・ライガー [発行]イースト・プレス


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10・9東京ドーム決戦


──ライガー選手は95年8月11日、両国国技館でサムライ選手と組んで大谷&高岩組と対戦し、約1年の長期欠場から復帰を果たします。そして、その直後の10月9日、東京ドームでUWFインターナショナルとの全面対抗戦が開催され、ライガー選手は約5年ぶりに佐野選手とリングで再会しました。そもそも、両団体は関係性がよくなかったわけですが、ライガー選手はUインターという団体にはどのような感情を持っていましたか?


 個人的にとくにヘンなアレはなかったですよ。だって、みんな知ってる人だもん。田さんや山崎さん、安生選手とか中野選手とか、新日本で切磋琢磨していた選手ですから。田さんなんか、若手の頃にすごくお世話になりましたし。でも、会社同士はいろいろ揉めてるなっていうのは感じてましたよ。蝶野とも何かありましたよね?

──92年当時、蝶野選手が対戦したい相手として田選手の名前を出したところ、Uインターのフロント陣が新日本事務所を訪れますが、最終的に物別れに終わって。94年にはUインターが優勝賞金1億円のトーナメント開催を発表し、その招待選手として当時のIWGPヘビー級王者の橋本さんに参戦を呼びかけたときも、不調に終わりました。


 何かと火種はあったわけですよね。ただ、僕としてはドームで対抗戦をやるって聞いたときは、単純に「おもしれーじゃん! 俺が出るなら相手はどう考えたって佐野さんしかいないでしょ!」って感じでしたよ。一度別れた“恋人”と再会するような気持ちというか。佐野さんが新日本を辞めてからも、その動向は気になったし、現役選手では僕の唯一の同期ですから、専門誌をパラっと読んだときに目に入れば、「ああ、がんばってるんだな」とか思いましたよ。佐野さんはSWSにいた頃、僕と身近だった船木や鈴木なんかとも試合してたし、どんなスタイルの選手にも合わせられるのが、あの人のすごいところですよ。

──佐野選手は92年6月のSWS崩壊後、その年に新日本の会場にアポなしで訪れています。佐野選手はその時点でUインターへの合流が半ば決まっていて、その前に同団体の幹部から話題作りのために、闘魂三銃士に挑戦状を持っていくよう指示を受けていたそうです。しかし、その挑戦状は坂口さんに目の前で破られて。


 それひとつ取っても、新日本とUインターの関係性の悪さを表してますね。まあ、僕としては佐野さんがUインターに入るときも、「ああ、ソッチに行ったのか」くらいでしたよ。ただ、「俺は絶対、アンタには負けないよ」っていう気持ちは常に持ってました。何に負けないのかよくわからないけど、男ってそういうところあるじゃないですか? とにかくオマエには絶対負けないよっていう気持ちが。

──男としての意地ですね。10・9ドームで佐野選手と対戦することを聞いたときの気持ちは?


 永島さんに言われたときは、思わず「ウォー!」って声に出ちゃいました(笑)。僕もリアクションは大きいほうですけど、それにしたって、カードを聞いてそこまで喜ぶのも珍しいですよね。「こりゃ、願ったり叶ったり!」って感じでしたね。

──実際、当日花道を歩いているライガー選手は、リングで待つ佐野選手に対して、身振り手振りで喜びを表していました。

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