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「怒れない人」の心理
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生き方・教養
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第3章 自我を確立させる――敵意を解消するために(1)

『「怒れない人」の心理』
[著]加藤諦三 [発行]PHP研究所


読了目安時間:28分
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自分の「好き」にこだわる


 うつ病や悩んでいる人は、神経症者と同じように人が過度に重要である。

 例えば「何で私を追い詰めるのか?」と心の底では怒っている。

 しかしそんなに怒っていても直接相手にそのことを言えない。それは相手から嫌われたくないから、よく思われたいからである。
「人が重要になりすぎる」ということは、それだけ人に対して憎しみを抱く機会が増えるということでもある。そして憎しみを抱いてもそれを直接表現できない。

 人によく思ってもらおうとして努力する。しかし人が、期待したほど自分のことをよくは思ってくれない。すると傷つく。傷つくから怒る。

 人によく思ってもらおうとして無理をして犠牲を払う。しかし犠牲を払った割にはよく思ってもらえなかった。そこで傷つく。「私があそこまでしたのに」と怒りを感じる。

 人に「こう」思ってもらいたいという気持ちが強い。例えば人から「明るい人」と思ってもらいたい。そして(つら)いのに明るく振る舞っていたのに、もし明るい人と思ってもらえなければ傷つく。

 人から「頭のよい人」と思ってもらいたい。そして無理して仕事や勉強ができるフリをしていたのに頭のよい人と思ってもらえなければ傷つく。

 人から「力のある人」と思ってもらいたい。そして必死になって威張(いば)ったのに力のある人と思ってもらえなければ傷つく。

 人から「親切な人」と思ってもらいたい。そして努力して犠牲を払ったのに親切な人と思ってもらえなければ傷つく。
「人が重要になりすぎる」ということは、そのように「こう」思ってもらいたいという気持ちが多すぎるし、強すぎるということである。

 そしてその結果どうしても人に怒りを覚えることが多いが、その怒りを表現できない。

 そこで「人が重要になりすぎる」人はどうしても隠された敵意を持つことになる。


 隠された敵意に苦しめられたくなければ、自分に頼って生きる訓練をすることである。

 一人でおしゃれをする。気持ちがよい。

 他人に見せるためのおしゃれではなしに、自分が気持ちよくなるためのおしゃれ。

 そうしたおしゃれをするようになった時に、自我の確立が()されてきたということである。

 では単なる自己満足のおしゃれと情緒的成熟のおしゃれとはどこで区別されるか?

 単なる自己満足の場合には傷つきやすい。情緒的成熟の場合には傷つきにくい。

 つまり傷つきやすい人がおしゃれをして自分に満足している時には自我の確立ではなく、単なる自己満足のおしゃれである。

 おしゃればかりではなく、生活全般についても同じである。人に見せるための生活ではなく、自分が満足するための生活をする。

 そうなった時には人に見せる人生ではなく、自分が生きるための人生になっている。

 そうなった時には、それが「かっこいい」からといって好きでもないことを趣味にするような生き方ではなくなっている。

 かっこいいか悪いかではなく、自分がしたいかしたくないかになる。

 好きなことが見つかると、皆に認められるということがそれほど重要ではなくなる。

 好きなことが見つかるということが自己実現しているということである。

ストレスは自分が作り上げている

「あの人を知っている、この人を知っている」というようなことをしきりに言う人がいる。

 そういう人は、自我の確立が為されていないということである。
「知っている」ということと、「認められている」ということは違う。それにもかかわらず「知っている」ということがその人にとって重要なことなのである。

 自我の未確立な人というのは、住所録に名前の数が多いということで安心するような人である。

 自我の確立した人にとっては、住所録にたくさんの名前があるということは何の意味もない。しかし自我の未確立な人にとってそれは重要なことである。

 多くの人に自分を知っていてもらいたい。自我の未確立な人にとってはそれが重要なのである。

 また知っていることで何か得することがあるような期待をする。自分が特別に扱ってもらいたいという甘えが残っている証拠である。

 人とふれあうことなしに生きてきてしまった人たちである。

 その人に認められてもどうということはない。でも認めてもらおうと必死になり、そのことがその人のストレスにまでなる。

 もともとストレスなどないのに、勝手に自分でストレスを作り上げている。そして自らストレスに苦しんでいる。

 自我が確立してくれば、自分がある人を知っているということが楽しいことになることがある。そして、別に相手が自分を知っていなくても楽しい。

 多くの人から自分を知ってもらいたいなどとは全く思わない。

 マズロー(心理学者)が、自己実現している人には少数の親しい人がいると言ったが、そのとおりである。

 多くの人と知り合いであることなど、自我の確立している人には得意になることではない。

 それは人でなくてもよい。犬でもよい。心の通う動物がいればよい。犬と言うからおかしいので、犬と気持ちがふれあっている人にとって犬は人と同じ仲間なのである。

 要するに自己実現している人というのは、別の言葉で表現すると自我の確立している人ということである。
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