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「気がつく人」に人が集まる本当の理由
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1「場」の空気を読むために必要なことは?

『「気がつく人」に人が集まる本当の理由』
[著]坂戸健司 [発行]すばる舎


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気くばりができる、気がきく、場を読める、空気を読める……とはどういうことか?

◉──気持ちは常に「スタンバイ」状態にしておく


 人間は一人では生きていけない。いろいろな人の助けが必要だ。コミュニケーションを良好に保つことも欠かせない。

「空気を読む」ということが、よく言われる。


 相手やそこにいる人が考えていること、場の雰囲気などを感覚的に読み取る技術が、コミュニケーションには不可欠になるのである。


 むずかしく考えることはない。その場(時)の状況(なぜそこに、その人がいるのか)、を冷静に理解するため、常に神経を()()ませる。そして、そこから得た情報を分類・整理して考えるという思考力が必要となる。


 思考力というより、感性の問題かもしれないが……。


 つまり、常に感覚を作動させているかどうか、である。主電源は入れっぱなしにしておく。ぼーっとしていては、何もわからない。いつでも反応できるように、気持ちを常にスタンバイにしておくということだ。

◉──気がつく人には人が集まる


 私は、気づかいができる人と、気づかいができない人は、人生において大きな開きが出る──と信じている。


 実務的な意味での仕事ができるだけでは、社会ではやっていけない。たとえばビジネスマンの場合、スペシャリストとか技術者とか個人の能力を求められる業種であっても、何かしらの人間関係があるはずだ。


 ビジネスマンでなくとも、人間関係を無視して生きていける人は少ない。


 そもそも、ビジネスは団体戦なのだ。


 会社というのは、人の集合体である。そのなかには、気の合う人間もそうでない人間もいる。気の強い人も、穏和な人もいる。そういう人が集まっているのが「会社」である。


 集まっているだけでなく、お互いが役割を持って機能し合っている。


 そのなかで、周りの空気が読めない人は、会社のなかでもうまく機能しない


 ビジネスに限らない。社会を見渡しても、周りの状況に注意していない人は、人間関係がうまくいかないだけではなく、人を不愉快にしてしまうこともある。人を不愉快にさせるということは、自分も何かとやりづらくなるということだ。


 周りの状況に気持ちが行く──これが「気がつく」ということだ。


 気がつく人には人が集まる。


 それは、そもそも「気をつかう」ということは、他者に対する思いやりだからだ。その気持ちは必ず相手に伝わり、信頼されるようになる。


 そうなれば自然と、人が集まってくる。人が集まると情報が集まる。力も集められて、いろいろなことができる。何かを成し遂げる力にもなる。


 自分自身が何かやれる気にもなる。夢を語ることもできるし、夢を叶えることもできる。

◉──気くばりはマナーでもある


 気くばりというのは、ある意味で「マナー」でもある。しかしそれは、マナーブックなどにあるような“マニュアル”ではいけない。形式やルールに偏ったマナーでは、人は感動しないし集まってもこない。


 まさに「気持ち」がこもっているかどうかが大事なのである。


 そのとき、「察知する」センスが、重要になってくる。


 誰にいつどんな具合に気をつかえばいいか──言葉にすると単純だが、これがなかなかむずかしい。人はそれぞれ考え方も感じ方も違うからだ。


 では、どうすればそのセンスを身につけられるのか。


 昔、明治前の日本語は主語が曖昧だったそうだ。それでも置かれている状況のなかで、誰のことを話しているかを知ることができた。


 そんななかで、気くばりという感性、察知対応能力が養われてきたのだろうか。しかし、今はそれを鍛えるような場や機会がない。


 おそらく明治前の人々は、

「今の話は○○さんに言っているが、実は私にわからせるために言ってくれているんだろうなあ……」


 といった具合の受け取り方もできていたのだろう。


 空気を読むためには、まず自分がその場でどういうふうに見られているかを考えるようにすることだ。気くばりは察知することでもあるが、察知されることを常に念頭に置くことも大切になってくるのである。

◉──周囲に見られているという意識を持つ


 話は少しずれるかもしれないが、年寄りは周りを気にしなくなる。トイレからファスナーを上げながら出てくる。

「若者は満員電車の中でも平気で携帯のメールをしている」


 と中年の人は言うが、その中年の人も酒に酔って大声で酒臭い息を吐き出している。


 また、TVによく出演している、日本語がまるで母国語のようにしゃべれる著名な外国人が、この20年で何が日本で大きく変わったか? という質問に、

「マナーが悪くなった。トイレの入り口などでぶつかりそうになったときとか、電車の中で少し肩が触れただけでも、昔の日本人は『失礼』と必ず言っていたのに、今はそれがなくなった。こんなことは私が来た20年前にはなかった」


 と言っていた。


 飛躍するかもしれないが、こういったマナーの欠如に、気くばりができなくなった原因のひとつがあるような気がするのだ。


 バブル期から平成不況の10年以上の間、企業は経営改革を行ない、社員教育は後回しになってきた。その結果、社会全般において、人と人が暮らしてゆくための気づかいもできない人が、10年以上放ったらかしになってきたということなのだと思う。


 しつけがされてこなかったのだ。


 人として育てることより、業績を伸ばすことを優先していれば、管理職も売上優先になる。しつけや教育は後回しだ。売上げが上がっている管理職には、会社も何も言えない。


 また、バブル期などは、教えるほうより教えられる新人のほうが圧倒的に人数が多かった。当然手薄になる。一人の新人が先輩から教わる回数は少なく、時間が短い。


 これでは、気くばりのできる人間を育てることもできない。そのツケが、今、回ってきているような気がする。しかし、だからこそ、今、「気くばり」なのである。


 気のつく人は、バランス感覚も柔軟性にもすぐれている。今、ビジネスでも一般社会でも、一流と呼ばれる人はきちんとした気くばりができる。周囲にできない人が多い分、そのギャップは大きくプラスとなってくるのである。

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