読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1178130
0
遊びの神話
2
0
0
0
0
0
0
ビジネス
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
解説 マーケティング・ライブとしての「遊び」宗教学 谷口正和

『遊びの神話』
[著]一条真也 [発行]PHP研究所


読了目安時間:7分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ



 リアリティというものが何よりも問われる時代である。実感なきマーケティングは存在しない。情報は常に現場の中にある。現場、現実、現在、現状、現象、現世、現代、現業etc。原点は“現点”でもあるのだ。

 本書『遊びの神話』は、マーケティング界のニュー・ジェネレーションの一人である一条真也氏の手になるものであるが、一読、最も強く感じられることは、氏が大変な現場主義者であるということだ。すべてのレポートは氏の実感、体感の中からしか報告されていない。すべて体を通しての現場情報収集であり、現場情報発信である。「リアル・ボディ・インフォメーション」といってもいいだろう。

 肉体を通過させる以上にリアルな情報把握はない。「我々は肉体を通過した感性を持つ」と言ったのはノーマン・メイラーであり、「リアル・シング」=「現実の事実」を表現の最上位概念に置いたのはアーネスト・ヘミングウェイであり、「聞いた事は忘れ、見た事は覚え、した事は理解する」とは中国の諺である。

 ハリボテの石か本物の石かは持ってみなければ分からない。山の本当の高さは登った人のみが分かるだろう。

 本書『遊びの神話』は一条真也氏が東急エージェンシーの社員であった時に書かれたものだが、大学時代に“早稲田の仕掛け人”と呼ばれ、東急エージェンシー入社後もすぐに『ハートフルに遊ぶ』を出版するなど話題にこと欠かなかった氏の真骨頂である行動主義、現場主義が随所に汪溢(おういつ)している。

 当時、広告代理店から情報産業そのものへと体質転換を図りつつあった東急エージェンシーの企業風土そのものも、氏にとって良い追い風であったろう。

 私自身も氏に何回かお会いして氏の人となりも知っているが、少年のような純粋な瞬きと柔道二段という気骨を兼ね備えた好感あふれる青年である。

 若さとは直感を信じることができる幸福な時間である。感じたことを自信のコアとし、間違いなど露ほども疑わない直進性こそ若さというものの素晴らしさである。

 本書の白眉とも言うべき「ディズニーランド=伊勢神宮」論は、リアルな現場情報と鮮度ある直感との幸運な遭遇の産物というべきだろう。氏が伊勢神宮に参拝した折りに感じた現場情報は、“チリ一つ落ちていない清々しさ”、“何か他人にしてあげたくなる優しい気分”、“そこにいる人々の幸福な顔”等である。その時氏の脳裏に「ディズニーランドに似ている」というイマジネーションが発生した。それを氏は“ありがたさ”というキーワードに集約し、ディズニーランドと伊勢神宮の共通項を宗教的な「心的情報」としてのやすらぎサービスと見たのだ。どちらも「ありがたさの創出」ということで共通しているという見方だ。

 月刊『ロアジール』の九〇年六月号でその辺のところを氏がインタビューに答えて解説しているので、ちょっと長くなるが引用してみよう。
「最近考えているテーマのひとつは、レジャー産業の『人が集まるところ』の秘密は、宗教と同じだということなんです。もともと、宗教や精神世界、オカルティズムなどにひかれていましたので、仏教、キリスト教、イスラム教などの各宗教の聖典はよく読んでいました。今のレジャービジネス、サービスビジネスというものは一見派手なようで、実はこういう宗教的な世界と同じではないかという気が最近してきたんです。

 例えば宗教には聖地がある。メッカやエルサレムを目指して人が集まる。そこからその宗教が始まったというストーリーがあるからですね。レジャー施設も同じように、物語が必要だと思う。

 日本なら古来多くの人を集めた伊勢神宮には人をそこに引きつける仕組みがあり、それはディズニーランドに人が集まるのと形こそ違え、本質的に同じ法則が働いています。どちらもそこに行けば必ず幸福になれるという『救い』の物語を人々に与えています。リゾートもまたそういう場所であり、都会生活で病んだ人々を健康にしてリラックスさせて安らぎを与えるわけです。僕はこれから自分で人集めをしてその法則を実証してみたいと思います。」
「僕はキリストがやろうとしたこととW・ディズニーがやろうとしたことは似てると思うんです。目指すところが同じで、方法が違うだけじゃないかと。難しいことを言わなくても、自然とメッセージが体得できるような場所というのは実現可能だと思います。」
「今のサービス化社会を表現するキーワードはファッション、グルメ、エンタテイメント、リゾート、レジャー等々たくさんありますが、これらはある大きな概念を部分的に表現しているだけではないかと思えてきたんです。

 つまり、ゆきつくところは僕の考える『ハートフル』ということであって、別の言葉でいいかえると、幸福、というような意味です。」
「究極のリゾートは、あの世のイメージをこの世に反映したものと考えます。ですから、いろいろな宗教で楽園とか天国、極楽浄土などといわれているあの世の理想郷というものを聖典や神話から研究しているところです。それらの世界で描かれている至福のイメージを、この世の理想郷ともいうべきリゾートで具現化してみたいのです。」

 九〇年代は大精神市場の時代であるが、このバックグラウンドから見ても、氏のこれらの見方は正鵠を射ていよう。すべてのサービス・マーケットが何等かの形で宗教的色彩を帯びて行くのは必然の流れである。付加価値とは何等かの「ありがたさ」のことであると言っても過言ではあるまい。

 分析軸にもう一歩の突込みが欲しい部分も幾つかあるが、若い世代には珍しい宗教的な人生観さえも含み込んだ氏の直感力は誰も否定できまい。

 九〇年代を見晴らす大きな可能性が氏自身の中に芽を吹きつつあることを強く感じさせるのが本書『遊びの神話』である。それは氏が提示する幾つかのキーワード群の中に感知することができる。氏を一躍有名にしたのは「ハート化社会」「はあとぴあ」「はあとぴあん」そして「ハートフル」などの「心」を軸としたキーワードだが、このキーワードは本書の前に刊行された『ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー刊)という著作の中で提示された言葉であった。この視点は本書『遊びの神話』の中でさらに具体的に訴求されている。

 氏の持つ大きな特徴は月刊『ロアジール』からの引用にも色濃く見られる通り、宗教と神話に造詣が深いということである。傾倒しているといってもいいかもしれない。多分ご実家が九州で一、二を誇る冠婚葬祭業だということも、氏の心理形成に大きな影響を与えていることだろう。

 天国がまさに人々がかく在りたいという理想郷の姿なら、神話はユングも言う通り「民族の夢」である。リゾートに天国と神話の実現を夢見る氏は、その意味で一種の教祖となり、司祭となる可能性を秘めていると言ってもいいかもしれない。
「至福なる時」を求め、「幸福の公園」としてのテーマパークの実現に人生を賭けんとする氏の姿勢には、九〇年代から二十一世紀への世界の道程そのものが投影されているようだ。

 社会貢献と自らの人生航路をアイデンティファイできる人は幸福である。それは幸福の時代そのものを生き抜く自己実現の姿だ。多分、氏は自らが幸福そのものを生きていることに気付いているだろう。自らが「幸福の公園」の度真ん中に立っていることを知っているはずだ。

 人生を“テーマを持った道楽”として生き抜ける人は幸せである。それこそ「遊び」の新しい認識であり、遊びと仕事の境い目を消滅させるものだ。
「僕たちはもうモノには興味がない。それよりも人そのもの、そして人との関わり方に興味が移っている」とは氏の言だが、精神市場そのものとしての若者マーケットを代表するモデル・ターゲットが氏であるとも言えるのだ。生き甲斐論イコール幸福論を地でゆくマーケッターが氏なのである。

 人生なにゆえに楽しいか、幸福か。モノの豊かさをすでに通過してしまった氏の役割は、大きく到来しつつあるマインド・マーケティング時代の水先案内人であるのかもしれない。

 本書の中に私は二十一世紀を爪先立ってみる少年の姿を見た。


  一九九一年六月

    (株式会社ジャパンライフデザインシステムズ代表取締役社長)
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:3342文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次