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カラー写真・決定版 第二次世界大戦「戦闘機」列伝
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エンタメ
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第7章 フランスとイタリアの戦闘機

『カラー写真・決定版 第二次世界大戦「戦闘機」列伝』
[著]三野正洋 [発行]PHP研究所


読了目安時間:16分
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フランスの総論 危機を前にして決断を下せず




 第二次世界大戦において、フランスは不可解な状況に直面する。対独宣戦布告は1939年9月3日で、その後は小規模な戦闘のみが続く。


 これは翌年の春まで変わらず、あまりにも小康状態であったため“まやかしの戦争期間”などと言われている。


 しかし40年5月、戦争は一挙に激化、ドイツ軍の侵攻を受ける。総兵力、とくに陸上戦力は両国ともほぼ同じであったが、フランス軍はひと月後全面的に崩壊し、降伏というか休戦というか、判断に苦しむ状態となった。


 フランス本国、および広大な植民地は三つに分かれ、それぞれの道を歩むことになる。まずドイツ軍による統治、親独のビシー政府統括地、反独自由フランス軍による海外政権である。


 しかしこのような政治の分析は他書に任せて、ここではフランス空軍とその戦闘機隊について述べる。


 戦争直前、同国は約1500機の軍用機を保有し、その35%が戦闘機であった。これに対してドイツ側は2500機を投入した。


 1か月の戦闘で、フランス側は約500機のドイツ機を撃墜破しているが、1000機を失っている。


 これは軍用機の性能、パイロットの技量が原因というより、軍上層部の混乱が著しく、有効な反撃ができなかったことによる。


 当時、フランスの共和政府は非常に小さなグループの集合体であり、しかもそれぞれが勝手に自己主張を繰り返し、目の前の危機に対してまとまった決断を下せなかった。この事実こそ、フランス軍敗北の最大の理由である。


 これは戦前の軍用機の生産と保有に関しても似た状況にあり、モラン・ソルニエ、ドボアチンに加えて、アメリカ製のカーチス・ホーク75が大きな地位を占めていた。




 国産の戦闘機の製造が停滞した理由として、林立した小政党と航空機会社の関係が複雑に絡みあっていたから、と考えられる。なにしろ戦争の危機が迫っているのに、3種の戦闘機を脈絡なしに試作、しかもそのいずれも生産が遅れに遅れ、アメリカから輸入する有様であった。


1:モラン・ソルニエMS406──メッサーに太刀打ちできず



 金属と木材混合の構造を持ち、1935年8月に初飛行した。エンジンは860馬力で運動性に優れ、日本陸軍の97戦を引き込み脚にしたような戦闘機である。


 しかしやはり馬力は不足気味で、最大速度も490キロ程度であった。


 フランス政府は1000機生産を目指し努力したが、前述の理由から300機前後しか配備できなかった。性能的にも侵入してきたメッサーに大きく劣っており、太刀打ちできなかった。


 のちにビシー政府によって、エンジン出力を1000馬力に向上させたタイプが登場し、イギリスとの航空戦に使われている。なおフランスは、これまで自国のウォーバーズにほとんど関心を示していなかったが、つい最近、レストアされていたMS406がフライアブルとなった。

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