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3000億円の事業を生み出す「ビジネスプロデュース」成功への道
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ビジネス
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第5章 ビジネスプロデュース・ストーリー

『3000億円の事業を生み出す「ビジネスプロデュース」成功への道』
[著]三宅孝之 [著] 島崎崇 [発行]PHP研究所


読了目安時間:1時間54分
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 ~大手電機メーカーCTO「大井省吾」の事業創造ドラマ


〓前に進む決意



 三月のある昼下がり。


 日本では桜がもう間もなく開花しようかという時期にもかかわらず、アメリカ・ボストンは冬用コートが必要なくらい肌寒い。十二時間の長旅を終え、空港のタクシー乗り場で、一人の日本人が白い息を吐きながらタクシーを待っていた。


 大日本電機のCTO、大井省吾である。


 大井は、昨年末にCTOに就任したが、元々はデジタル機器の設計開発を行うエンジニアであった。一生エンジニアでいるつもりだったが、上司に勧められた海外留学制度でのMBA取得をきっかけに、マーケティングや海外工場の立ち上げ、現地法人の事業責任者などを経て、現在に至る。



 大井が勤める大日本電機は、連結売上一兆円、社員数約二万人のメーカーで、センサー等の電子・光学部品などを扱うデバイス事業、工場内で使われる工作機械やロボット、制御機器などを手がけるFA(ファクトリー・オートメーション)事業、車載電装部品を扱う自動車事業、検査装置などの医療機器を扱うヘルスケア事業の四事業からなる。本社は品川にあるが、アメリカやヨーロッパ、アジアの主要拠点に現地法人を構えるグローバル企業でもある。また、子会社には、システム子会社の大日本電機ソリューションズや、物流子会社の大日本電機物流がある。



 今回の渡米目的は、テクノロジーフォーラムへの参加である。CTOとして、大日本電機のビジョンを技術視点から描く必要があり、そのための情報収集が目的である。


 テクノロジーフォーラムは、年に一度開催される大イベントで、多くの企業が最新技術を発表する場である。参加企業は、有名なグローバル企業だけでなく、ベンチャー企業も多数参加しており、さながらテクノロジーの祭典といった様相を呈していた。


 大井は目をつけていた出展ブースを中心に回り、またトップ企業のリーダーのプレゼンを聞きながら、四日間にわたるこのイベントを過ごした。


 初めこそは、華やかな会場の雰囲気に心躍るものがあったが、次第に(あん)(たん)たる気持ちになっていった。その理由は、新技術を用いた新しいビジネスやベンチャー企業が海外で次々と生まれ、大きく飛躍していく一方で、日本ではなかなか生まれておらず、大日本電機もこのままでは危ないと感じたからであった。


 そんな焦りにも似た危機感を抱えて、大井はイベント会場を後にした。



 帰国した翌日の夜、大井は赤坂の料亭に向かっていた。社長の三鷹宏之と会食するためである。


 三鷹とはドイツ駐在時代に知り合った。当時も、上司と部下の関係であったが、そんな三鷹とも、かれこれ二十年ほどの付き合いで、いつの間にか、お互い役付きの社長とCTOになっていた。



 大井は時間ちょうどに料亭に着いたが、三鷹はまだ来ていない。しばらく待っていると、障子を開けて三鷹が部屋に入ってきた。

「遅れて、すまないね」


 そう言いながら、手早くコートを脱ぎ、店員に渡して、席に着いた。


 三鷹がおしぼりで手を拭いているところで、あらかじめ頼んでおいたビールが運ばれてきた。一杯目はビールというのが二人のお決まりである。


 三鷹がグラスを軽く持ち上げて、「出張、お疲れ様」と(ねぎら)いの言葉をかけ、乾杯した。やはり日本のビールは旨い。(さき)(づけ)(はな)山葵(わさび)とこごみの(しら)()えをつまみながら、会話は最近の景気動向から緩やかに始まった。



 料理と酒が進み、三鷹も饒舌になってきたところで、テクノロジーフォーラムの話になった。大井はテクノロジーフォーラムで見聞きしてきたこと、そして、そこで感じた危機感を率直に話した。


 三鷹は大井の話をときどき(うなず)きながら聞いていた。

「大井の感じた危機感ほどではないかもしれないが、私も以前から薄々感じることがあった。しかし、ここ最近その危機感はとても強くなっていて、今日も経団連のメンバーと意見交換の機会があったが、話はすぐにそのことになったよ」と三鷹は言った。


 大手企業のトップともなると問題意識は皆同じなのだろう。

「しかしね、トップがいくら危機感を持っても、社内を見回すと『現状のままで良し』とする雰囲気が蔓延していて、危機感なんてどこ吹く風だ。役員ですら感じていない者も多い。現行の事業運営で手一杯と言いたいところなのだろうが、そんなのは言い訳に過ぎない」


 三鷹は酒が回っているせいか、いつもより手厳しい。

「それに、フェイスブックやアマゾンなど、かつてのベンチャー企業が、あっという間に世界のトップ企業へ駆け上がっていく様を見ると、一人の日本人として悔しいじゃないか。例えば、スマホ産業もアップルが牛耳るような世界じゃなく、日本企業が覇権を取れたはずなんだ。技術もノウハウもあったわけだから。それが、『失われた二十年』で足踏みしている間に、いつの間にかアップルの下請け企業のようになってしまった。もうスマホの二の舞になってはいけないと思う。今こそ大日本電機が先陣を切って、事業創造していくべき時なんじゃないか」と、三鷹は半ば自分に言い聞かせるような言い方をした。これまでも幾度となく、事業創造を考えてきたのだろう。


「全く同感です。CTOになってからはその思いは強くなるばかりです。一方で、社員には依然として危機感がない。役員すら危機感がないのだから、仕方がないと言えばそうかもしれませんが。最近、事業企画案を見る機会があったのですが、どれも『お行儀の良いもの』ばかりで、面白味に欠けました。数値などは念入りに計算されていますが、どれも小粒で事業の広がりみたいなものは全く感じられません」と大井も付け加えた。

「そうだな。たぶん、企画を練り上げる段階で、短期的な成果を求めすぎたり、部外者からの横やりなどがあって、角が取れた凡庸な企画に収まるのだろう。その点は自分たち『上』の責任だ」と三鷹も自戒を込めて言った。

「えぇ。新しく面白い企画を出せと言いつつも、出てきた企画案を『事業規模が小さく、やる意味がない』『リスクが高い』など、ダメ出しばかりしていては、新しいものが出てくるはずがないですからね。そうした状況を社員もよく分かっていて、初めから企画案を出さないか、あるいは上司受けが良さそうな無難な企画案でお茶を濁すのでしょう。実際、企画案の応募数も年々減っています」と大井も三鷹の意見に同意した。


 社員も分かっているのだ。いくら上が「夢を持ってチャレンジしろ」「ベンチャーマインドで取り組め」などと言ったところで掛け声に過ぎないと。


「今までのトップがやってきたような『号令』ではなく、トップ自ら先頭に立って取り組むべきだ。それに、大日本電機の売上も横ばいが続き、新興企業が台頭して、ジリジリとシェアも下げている状況を考えると、残された時間はそう多くない。今こそ不退転の覚悟で、事業創造に取り組むべきだ。大井にこの難しい役回りを引き受けてほしい。頼む」と三鷹が頭を下げた。

「社長が言い出さなくても、私から言い出すつもりでした。それに、大日本電機には、今まで育ててもらった恩がありますから。早速プロジェクトチームを組成して、取り組みたいと思います」と大井は熱のこもった声で応えた。

「よろしく頼む。すべての責任は私が持つ。存分にやってくれ。たとえ、現業否定になっても構わないから、ゼロベースで取り組んでほしい」と三鷹は大井の手を握り、再び頭を下げた。大井は三鷹の手から思いの強さを感じながら、必ずやり切ろうと固く決意した。



 【大日本電機社長:三鷹宏之(六十歳)の話】


 日本は成熟市場と言われて久しいですが、その中で、企業としての成長を求められ、また存続し続けるためにも、企業のトップとして、事業創造の必要性を痛いほど感じています。ですが、社内に目を向けると、危機感を持つ人材は少なく、現状維持の風潮が蔓延しています。


 今回、大井君に事業創造という大仕事を託しました。彼は、エンジニアとして技術に詳しいだけでなく、現地法人の事業責任者などのビジネス経験も豊富です。通常、CTOというと、研究所の所長が就任するケースが多いようですが、今後は、いかにビジネスへつなげていくかが求められます。そういう意味では、事業創造は大井君にはうってつけの仕事ではないでしょうか。


 ただ一方で、事業創造は、本来、社長である自分が担うべき仕事だとも思っています。ですから、彼を全力でサポートしますし、その結果がどうなろうとも、すべての責任は私が取ります。なので、大井君には思いっきりやってほしいですね。



 【大日本電機CTO:大井省吾(五十六歳)の話】


 トップ主導の本格的な事業創造を任せてもらえることは、そうそうないと思います。その意味では、高揚感と共に身が引き締まる思いです。一方、事業経験はありますが、事業の創造となると経験はなく、正直不安な気持ちも大きいです。険しい道のりですが、必ずやり遂げたいと思います。


〓プロジェクトチームの組成



 翌朝六時過ぎ、大井はCTO室で一人静かにコーヒーを飲んでいた。昨夜は遅くまで三鷹社長と飲んだというのに、事業創造という大役にやる気がみなぎり、早く目が覚めたのだった。


 早朝ということもあって、街は人が動いている気配がほとんどなく、ただ朝日がビルに反射して、きらきらと輝くばかりである。そんな光景を見ていると、自然と冷静になってくるから不思議だ。


 冷静になってくると、やるべきことが明確になってきた。まずはプロジェクトのメンバー集めだが、果たしてどんなメンバーが良いだろうかと自問する。



 大井は、これまで営業改革など様々なプロジェクトを指揮してきた。その中で感じたことは、プロジェクトの成否は結局「人」に依存するということだ。今回は社運がかかったプロジェクトであり、エース級の人材であるべきだ。


 一方、「本当に、エース級の人材で良いのだろうか?」とふと思う。


 いわゆる社内のエース級の人材は、現業で成果を出すことに()けた人間であり、そんな人間がそのまま事業創造で成果を出せるかどうかは不明である。むしろ、現業の枠組みにとらわれて、小さくまとまってしまうのではないか。そうすると、一体何を基準にして、人選すれば良いのだろうか。


 しばらく思案していると、不意に黒川慎二を思い出した。黒川は、大企業の事業創造を支援する戦略系ファームのコンサルタントである。黒川との出会いは、大井がイノベーションをテーマとしたフォーラムに参加した時のことで、講演者の一人が黒川だった。大井は講演を聞きながら、「自己紹介にもあったが、事業創造の実績も多い。一緒に登壇しているCTOも、プロジェクト中の彼のアドバイスに何度も助けられたと言うし、事業創造にもプロがいるもんなんだな」と思った。講演後に、大井から話しかけて名刺交換をした。その後、一度だけ意見交換をしたことがあるが、そのままになっていた。もしかしたら、何か良いアドバイスがもらえるかもしれないと思い、早速、黒川に連絡を取ることにした。



 その日の昼過ぎに、黒川から電話があった。大阪のとある企業の事業創造に関わっており、今は出張で大阪にいるらしい。大井は、大日本電機で大規模な事業創造を考えていることや、メンバー選びで悩んでいることを簡単に説明した。

「大井さんの言う通り、人選は非常に重要で、悩む気持ちもよく分かります。ざっくりと言うと、事業創造には四つの能力が必要です。『アイデアを生み出す発想力』『物事を深く掘る力』『様々な情報やアイデアを整理・統合する力』『横連携できる力』です。加えるなら、土台となる『社交性』も必要です。これら五つを一人がすべて持っていることが最良ですが、そうした人材は稀なので、土台となる社交性は持ちつつも、残りの四つのいずれかに秀でた人材を複数人集めて、チームとして能力を揃えるべきかと思います」と黒川は説明した。

「なるほど。確かに、どれも必要になりそうですね」と大井は納得した。

「あと、チームを組成する上でもポイントがあって、それぞれの能力に『重なり』ができるようにすることです。重なりがないと、なかなかアウトプットにつながりませんから。この点はよくよく考えて選んでください」と黒川はアドバイスした。

「重なりが必要と……なるほど。よく分かりました。ありがとうございます」と大井がお礼を言った。

「これから山谷の連続で、大変だと思いますが頑張ってください。それに、困ったらいつでもアドバイザーとして支援いたします」と黒川は営業トークも忘れずに付け加えた。大井は、「それも考えておきます。今日はありがとうございました」と言い、電話を切った。



 黒川との電話を切った後で、またすぐに受話器を取った。人事部長の佐藤陽子に電話するためである。佐藤には、これまでもプロジェクトの人選で協力してもらったことがあり、彼女の人物評価に対する目は確かだった。特に、今回、黒川に教えてもらった点からの人選となると、人事評価に加え、評判も含めた様々な情報も加味して考えた方が良さそうだ。そう考えると、彼女をおいて他にいない。


 佐藤に電話すると、後ほどCTO室に伺うということだった。



 しばらくしてドアをノックする音がした。

「失礼します」と言って、佐藤が部屋へ入ってきた。

「忙しいところ、呼び出してしまって悪いね」と大井は言いながら、佐藤にソファーを勧め、大井も座った。

「実は今、事業創造を考えていて……」と切り出し、事業創造を検討するタスクフォースを組成すること、タスクフォースのメンバーに求められる要件や、その要件に該当する候補者を絞り出してほしいことを順に説明した。また、候補者とは直接自分が面接するつもりだが、人数は多くても構わないことも付け加えた。

「大井さんのお考えはよく分かりました。ただ、ご存じの通り、人事評価項目に『様々な情報やアイデアを整理・統合する力』などのような項目はないため、それに準ずる項目や社内の評判等を私なりに組み合わせて、スクリーニングしてみます。少々お時間をいただくことになるかもしれませんが、大丈夫ですか?」と、佐藤が確認する。

「もちろん、それで構わない。よろしく頼む」と大井は頭を下げた。

「分かりました。早速、候補者をリストアップしてみます。リストアップが終わり次第、メールでご連絡いたします」と言い、佐藤は席を立った。



 翌朝、大井はメールボックスを開けると、佐藤から一通のメールが届いており、「候補者リストアップ(第一報)」とあった。メールには、順次スクリーニングを進めており、とりあえず一五名ほどリストアップした、とある。

「よくこれだけの人材を短期間でリストアップできたな」と感心しつつ、添付ファイルを開く。経営企画、営業、事業本部、研究開発本部など、多岐にわたる部署の人材が記載されていた。早速、秘書の石嶺にメールを転送して、記載されている候補者との日程調整をお願いした。


 後ほど、石嶺から、先端研究開発本部の木戸美香子と今日の昼過ぎに面談可能、と連絡があった。また、その日は、木戸の他にあと二人面談できるという。



 時間きっかりに、応接室のドアをノックする音がした。

「どうぞ」と言うと、木戸は緊張した(おも)()ちで、部屋に入って来た。

「そんなに緊張しないで大丈夫。ちょっと話をしたくて呼んだんだ。悪い話じゃないから」と大井は柔らかい口調で言ったが、木戸の表情にはまだ硬さが残る。

「実はね、今、事業創造のタスクフォースメンバーを誰にしようかと考えていて、人事部に問い合わせたところ、木戸さんはどうか?との推薦があったんだ。それで、ここに来てもらったわけだけども」と大井は切り出した。

「えっ!? 事業創造のメンバー? どうして私が……」


 木戸は、あまりに突然のことで、事態をよく呑み込めないらしい。


 大井は「そう。事業創造のメンバー」と言い、事業創造の必要性やタスクフォースで構想を検討していくことなどを説明した。その間、木戸は静かにメモを取りながら聞いていた。大井が一通り説明し終えた後で、

「ところで、木戸さんは電子デバイスの研究が専門だったよね。電子デバイスは今後どうなっていくと思う? それに対して、大日本電機はどうしていくべきかな?」と事業創造の話題から急に木戸の専門分野の話題に切り替えた。


 木戸は一瞬戸惑った様子を見せたが、ゆっくりと自分の研究内容やその目的・意義、現在の研究動向、今後の見立てなどを、テンポ良く答えていく。


 大井は、木戸の説明を聞きながら、物事の全体を見ながらも深く掘り下げられることや、色々な方面への配慮ができ、人から信頼されやすい人柄など、事業創造に必要な能力をバランス良く持っているように思えた。


 ちなみに、人事部長の佐藤からもらった資料にもほぼ同様のことが書かれており、やはり佐藤の人選は当てになる、と思った。



 その後も他の候補者と面談を行い、最終的に四名のメンバーを選び出した。


 ●先端研究開発本部 主任研究員:木戸美香子


 ●先端研究開発本部 研究員:楽雄輔


 ●経営企画室 課長:弘前修治


 ●営業本部:羽村優子


 事業本部からも少なくとも一~二名をアサインしたいと考えていたが、「現業が回らなくなるだけでなく、売上も下がる」と事業本部長から半ば脅しに近い、猛烈な反対を受けて諦めた。


 選抜した四名はいずれの部署でもエース級人材だが、結果的に、大井の直轄部門である先端研究開発本部から多くアサインすることとなった。



 大井のメンバーに対する印象は、先に述べた木戸を除くと、楽は「メンバーの中では誰よりも深く思考でき、話の切り口や視点はユニーク。ただ、コミュニケーションが少し()()で、独りよがりな部分がある」、弘前は「バランス感覚に優れる。物事を深く掘り、整理する力も持ちつつ、コミュニケーション能力も高い。ただ、多少強引に議論を展開する癖がある」、羽村は「メンバーの中で最もコミュニケーション能力が高く、人付き合いが上手。社外にも多くのネットワークを持つ。地頭は良いものの、深い思考は少し苦手」といった感じである。


 いずれのメンバーも、事業創造に必要な能力のうち、どこかの面で優れたものを持っている。中でも、木戸は万遍なく能力を持っているように思え、彼女をリーダーとしてチームを組成するのが良さそうだと思った。


 ようやく、メンバー選びも終わり、いよいよ構想作りに取り掛かれると思うと、大井はほんの少しだけホッとした。



 【先端研究開発本部 主任研究員:木戸美香子(四十二歳)の話】


 急にCTOから呼び出しを受けた時は、おっかなびっくりで応接室に行きました。何か怒られるのではないかと……ですが、実際は全く違い、事業創造のメンバーにという話でした。今は、事業創造という新たな挑戦の機会をもらえたことに、とても感謝しています。


 私は研究者なので、新技術の開発が使命ですが、前々から研究者も販売までの一連のバリューチェーンに関与すべきと考えていました。私たち研究者は、技術を具現化し、製品として世の中に送り出してこそ、意味があると思うのです。事業創造は、その考えを実現できる素晴らしい機会だと思っています。



 【先端研究開発本部 研究員:楽雄輔(三十七歳)の話】


 大井さんから話があった時には、「どうして自分が?」と思いました。研究には興味がありますが、事業にはほんど興味がないからです。


 私は、研究者として大成したくて、この会社の研究所に入りました。それが思わぬ形で、事業創造をする羽目になって。他にも事業に興味がある人がいると思うんですけどね。MBA出身者とか。そうした人がやるのが良いとは思いますけどね。



 【経営企画室 課長:弘前修治(四十歳)の話】


 事業創造の話をもらった時には、「よし!」と拳を握っていました。これまでも事業企画案を出していましたし、「いずれは経営者に」との思いもありましたから。苦労して、MBAを取得した甲斐がありました。うまくいったら出世の可能性もあるわけで、今から気合が入りまくっていますよ。



 【営業本部:羽村優子(三十二歳)の話】


 大井CTOから正式にメンバー入りと連絡を受けた時は、「え? まさか」という感じでした。実はその後、一度お断りをしたんです。自分には無理だからって。


 他のメンバーと比べても、私が一番年下で経験も実績もないですしね。大井CTOの言うように、社外にネットワークはありますが、それがどう役に立つのかも分かりません。私よりも優秀な人がたくさんいるので、そうした人が事業創造を考えた方が良い事業ができるとは思います。今から、とても不安です。


〓いよいよキックオフ



 大井からの召集連絡を受けて、四人のメンバーは本社ビル二五階の役員会議室に集合していた。メンバーは、役員会議室に入るなり、皆一様に窓辺からの景色を眺め、思い思いの席に座って、大井が来るのを待っていた。

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