読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

12/21に全サービスをRenta!に統合します

(2021/12/6 追記)

犬耳書店は2021年12月21日に、姉妹店「Renta!(レンタ)」へ、全サービスを統合いたします。
詳しくはこちらでご確認ください。

0
200
kiji
0
0
1180553
0
新島八重 武家の女はまつげを濡らさない
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
五章 希望に向かって、ひたすら歩く

『新島八重 武家の女はまつげを濡らさない』
[著]石川真理子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:27分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ




第一回京都博覧会


 幼い頃から物怖じしない性格だった八重は、現代人と比較しても、かなりの行動派といえます。しかも、京都に移り住んでからの行動力・実行力は、ともすれば会津時代を上回るのではないかと思われるほどです。

 世を去った同郷人の分も新しい時代を生きるのだという意識が強かったためかもしれません。あるいは、会津での戦争体験が、八重にいい意味での開き直りを与えたのでしょう。どうせ一度しかない人生なら、何でもやってみよう、というような。

 明治五年、八重は京都で初めてのお正月を迎えました。前年の秋に上洛してから数カ月経ち、新しい暮らしにも少しずつ慣れはじめた頃です。松の内が明けると間もなく、三月に開催される第一回京都博覧会の準備のため、町中が活気を帯びてきました。

 博覧会開催にともない、明治政府は外国人の特別入京を許可しました。この当時、外国人は開港場より十里以内しか旅行できないことになっていたのです。京都に外国人旅行客がやってくるということで、町中が大騒ぎとなりました。

 京都府顧問の覚馬は、博覧会の準備で多忙を極めるようになりました。諸外国や他府県から次々と運び込まれてくる展示品の管理はもとより、外国人宿舎の準備や食事のメニューなど、受け入れ態勢を整えなければなりません。覚馬が忙しくなるにつれ、八重もまた追われるような日々を送るようになっていきました。

英語の観光パンフ


 ある日、八重は勧業場へと連れて行かれました。行ってみると、覚馬の知人である丹羽圭介(のちの京都陶器株式会社の支配人)の妹が来ています。

 覚馬は二人を前に半紙に墨書した横文字の文章を広げました。

 覚馬は幕末に長崎でスナイドル銃を発注した際、英語と片言の日本語を操るルドルフというドイツ人と知り合いました。その後、覚馬はルドルフに日本語を教える代わりに、ルドルフから英語を習得したのです。半紙に綴られていたのは、覚馬による英文でした。

 覚馬は「英語の京都案内記をつくってもらいたい」と言い、八重を驚かせました。覚馬の影響で、八重も英語を目にすることはありました。しかし、その意味するところも、成り立ちさえもわかりません。まったく未知の世界と言ったほうがよかったのです。

 二人の驚きをよそに、覚馬は淡々と作業の手順を説明しました。覚馬には「八重にできるかどうか。失敗して大変なことになりはしないか」といった不安はいっさいないように見受けられます。それは有無を言っている場合ではないことを示していました。

 こうなれば、わからないなりにやってみるほかありません。

 まず、英字を裏向きに浮彫にした小さな金属片が一杯詰まった重い箱の中から活字を拾い出します。これはなかなか戸惑う作業でした。特に大文字の「P」と小文字の「q」などは、うっかり間違えそうになってしまいます。

 そうして拾い集めた活字を、今度は半紙よりもひとまわりほど小さいサイズの木箱の中に、右側から順に並べていきます。裏向きのまま文章になった活字をページごとに組み上げていったところで、印刷輪転機を操作する技師に手渡しました。

 ここまでが八重の担当です。

 技師は一ページ分の活字を並べた木箱の上に黒いインクを薄く載せ、その上に半紙を置き、さらに羅紗(らしや)のような厚い端布に板を重ねてから、上からそっと体重をかけました。

 半紙を剥がしてみると、覚馬が綴った通りの英文が印刷されています。

 おもしろい!

 尚之助から銃や砲弾の作り方を教えてもらったせいか、八重は一種の「機械好き」でした。写真をやたらと撮っているのも、写真撮影機のおもしろさ半分ではないかと思われるほどです。京都案内記製作は、八重には案外向いていたかもしれません。

 八重は毎日、懸命に活字を拾い出しては並べるという作業に没頭しました。
「これが最後です」

 八重から木箱を受け取った技師は、しばらくして刷り上がった最後のページを持ってきました。ついに完成したのです。それは、四八ページにもわたる、洛中洛外図入りの京都案内記でした。表紙には、
「THE GUIDE TO THE CELEBRATED PLACES IN KYOTO & THE SURROUNDING PLACES BY K.YAMAMOTO」

 とあります。完成した冊子を手にした八重は心を躍らせました。博覧会がにわかに楽しみになってきたのです。

挑戦が世界を広げるきっかけになる


 三月になり、いよいよ第一回京都博覧会が開催されると、古都を訪れる外国人の姿があちこちで見られるようになりました。その手にはことごとく京都案内記が握られています。

 八重はそれを目にする度に必死に活字を拾い出しては並べた毎日を思い出し、誇らしい気持ちになるのでした。

 八重が行ったことを現在に置き換えると、多くの人に馴染みのないロシア文字やアラビア文字を組み立てるような作業です。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:11016文字/本文:13026文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次