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遺論・繁栄の哲学
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第二章 美しい国土と地方の活力

『遺論・繁栄の哲学』
[著]松下幸之助 [発行]PHP研究所


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観光立国の弁
『文藝春秋』昭和二十九年五月号



 素晴らしきかなニッポン

 今年の春(昭和二十九年)は、日本を訪れる外国人客が激増し、アメリカからは「キャロニア世界一周観光団」の来朝が報ぜられると共に、一方、大阪で開かれる国際見本市には、世界各国からバイヤーたちが訪れるという話です。しかし、たった五百人あまりのキャロニア観光団ですら、これを迎えるホテルはもちろん、外国人専用の遊覧バスが、日本にわずか二台しかないという状態です。せっかくの好シーズンに、ドルを落とすべく日本に来る世界の観光客を前にしてあまりにももったいない話だと思います。

 しかし、わが国の観光施設がこうした状態にあるのは、考えてみれば無理もない話で、何と言っても、今まで、観光に対する理解なり認識の度合いが、官民共にきわめて低調でした。第一、政府がこれにあまり乗り気でないために、民間もこれにしたがって、観光についての力強い創意も工夫も生み出せず、ただ石炭を掘ること、石油を探すこと、そして商品を輸出することに、国民あげて力を注いできました。ですから、せっかくの日本の景観も、これが保護され助長されるよりも、かえって心なき人びとによって、これらの景観を損なう不調和な建物や施設が建てられてゆくという現状で、観光に対する研究、特に外国人客を迎えるための研究はまことに低調だといえます。私はホテルや道路の不備を嘆く前に、こうした観光に対する考え方や認識の不足を大いに嘆きたいのです。

 観光とは決してそんなに軽々しく考えてよいものではないと思います。ことに日本においては、観光は決して単なる見世物商売ではなく、それは、持てる者が持たざる者に与えるという崇高な博愛精神に基づくべきものだと信じています。

 ではその持てるものが日本にあるでしょうか。この問いに対して私はたしかにあると答えたいのです。それは、日本の景観の美であり、自然の美しさです。フジヤマだけが日本の景観ではありません。山、谷、川、海、これが皆、美景で、日本に来る外国人客は例外なくその美しさを讃えています。私も戦後四回にわたって欧米をまわりましたが、自然の美しさでは、日本の地位は世界の一、二位ではあっても、決して、三位とは下るまいと感じたほどです。例えばハワイが美しいと言っても、所詮小さな一島嶼(とうしよ)にすぎません。スイスがすばらしいと言っても、これはやはり、山と湖の美しさだけです。これに比べれば、日本はその十数倍も広く、更に四季とりどりの装いも加わって、世界のいかなる人びとの好みにも合う風物を備えています。こんな美しい景観の美を、日本人は今まで自国のみで独り占めしていたのです。考えてみればもったいない話で、石炭や石油ももちろん大事ですが、美しい景観もまた立派な資源だとすれば、むしろ日本の場合は、その重要さにおいていかなる埋蔵資源にも勝るとも劣らぬと言えるのではないでしょうか。

 そのうえ、日本は東洋のはて、絶海の孤島にあります。日本が欧米から遠いことは、決してマイナスではなく、むしろプラスだと思います。つまり、総じて遠くに魅力を感じるのが人間の心理だからです。誰も隣に名所があっても、特に見に行きたいとは思いません。かえって遠いからこそ見にも行きたくなるのではないでしょうか。この点、日本はお(あつら)えむきで、東洋のはて、エキゾチックな夢の国ニッポン、と言えば誰でも一度は行ってみたくなるでしょう。

 こんなに何もかも揃っているのに、今までなぜこれを活かさなかったのか不審でなりません。もちろんこれには、日本人の人生観なり社会観がかなり大きな影響を与えていたのかも知れません。勤勉を尊んで遊びを卑しみ、遊ぶことが時には悪徳視されたことすらあります。

 しかし西洋人は日本人と違って大いに働くと同時に、大いに遊んで人生をエンジョイすることを生活信条と考えています。しかも旅行好きで、おまけにいつも二人連れで出かける習慣があります。ですからこれらの西洋人を日本に招く体制さえつくれば、彼らは喜んでやってきますし、日本こそわれらの天国だと大いに讃えることでしょう。

 例えば、私がハワイに行っておどろいたことには、ワイキキの浜に行くと、靴がめり込むほど立派な絨毯(じゆうたん)を敷いた宮殿のようなホテルがずらりと立ちならび、それがいつも満員で、部屋をとるのに一苦労するほどでした。そしてこれらの観光客の落とす金で、街は見事に舗装され、人びとはのんびり豊かに暮らしていました。ハワイのような小さな風物ですらこれだけの人が集まるのですから、この数十倍も美しい景観を持つわが国が、世界の人びとを集められぬはずはありません。

 まして今日は飛行機の時代です。昔のように交通の不便な時代なら、時日もかかるし、費用も要るでしょう。仕事にも差し支えます。しかし今は、ロスアンゼルスから東京まで一昼夜、ロンドンからでも二昼夜ほどで来られます。汽車で東京から鹿児島へ行くほどもかからないのです。

 ですから、こうした傾向から見ても、わが国は今、観光に基礎を置くべき絶好の時期に来ていると思うのです。今までわが国が、自然の美景を充分に活用しなかったのは惜しまれますが、今日は何もかも条件が揃っているのです。まして、この不滅の資源は、日本人だけで独占してよい性質のものではありません。これはやはり、相互扶助の理念に立って、ひろく世界の人びとに開放されるべきものでしょう。ですからこの時に、着実な観光開拓の具体策が立てられたならば、わが国の再建ももっとはやく進んでゆくと思うのです。

 戦後、経済自立の道として、工業立国、農業立国あるいは貿易立国などとやかましく叫ばれて、これに多くの金も費やされました。しかし今まで充分な成果を挙げ得なかったのは、決して理由のないことではないと思います。その点から見れば、観光立国こそ、わが国の重要施策としてもっとも力を入れるべきものといえるでしょう。


 観光予算の見とおし

 それではこのような観光立国によって、具体的にいかなる利益が生まれてくるでしょうか。

 それには先ずどれほどの客を対象にするかですが、世界の人口は現在約二十四億。その中から、日本人と未開の地の人を除いて約二十億。このうち百分の一を対象とします。つまり二千万人の人に、一生に一度でよいから日本に来たいと念願させるのです。しかし日本に来るには、ある程度生活の余裕も要ります。ですから大体四十歳頃から六十歳頃の間に来るものとして、その間約二十年。二十年間に二千万人とすれば、一年に百万人。すなわち毎年百万人の人間を日本に来させればよいことになります。百万人と言ってもおどろいてはいけません。高野山でも、参詣、遊覧を含めて年間百万人の人が登るそうです。運輸省の調べによれば、今日ほど交通機関の発達していなかった昭和十一年ですら、八万人からの外国人客が日本にやってきているのですから、百万人と言っても、そうおどろくことはないと思うのです。

 さてこれらの人びとが、平均十日間滞在するとして、その間大体八百ドル(約三十万円)の金を落とすとします。八百ドルと言えば、アメリカでのちょっとしたサラリーマンの一カ月の給料ですから、日本に来るほどの人なら大した額でもありません。事実、運輸省観光部の統計によると、昨年でも一人平均八百ドル消費しています。ですから、年間約八億ドル(約二千八百億円)の金が日本に落ちることになるのです。この八億ドルは、昨年度のいわゆる出血貿易による十億ドルとは問題にならないほど大きい利益です。

 しかし何ごとにも事業には資本が要ります。これだけの金を儲けるには、それ相応のもとでが要ります。一体どれほどの額になるでしょう。

 先ず何と言っても、良いホテルが必要で、現在あるホテルは別として、年間五十万組の客を迎えるためには、ダブルの部屋が、もう二万室もあればよいと思います。この一部屋に七十万円かけるとして、約百四十億円。これは民間の資本で一応まかなえるでしょう。

 しかしホテルだけではいけません。道路を始めとして、いろいろの観光施設が要ります。こうした民間でやれない施設に対しては、政府が自らこれに当たらねばなりません。したがって少なくともここ十年間、毎年二百億円の支出が欲しいのです。本年度の予算を見ますと、道路費に百五十一億円出しています。これに治山治水費を加えますと、五百億円にもなります。ですからこれとは別に、特に観光建設費として、二百億円の金を支出するのは、そう困難なことではありますまい。石炭や石油を掘るのに、莫大な補助を出してきていますし、また十億ドルそこそこの貿易に、官民共に、どれほどの精魂を費やしていることでしょうか。涙ぐましいほどの努力です。しかもこの貿易に必要だと言って、造船だけでも、千数百億円の金が支出され、そこからまたいろいろと問題(注1)も起こしている昨今です。これもすべてドルを獲得したいためでしょうが、ドルを獲得するという点から見たならば、観光もまた広い意味での立派な貿易であると言えます。しかも八億ドルからの巨額です。ただ、富士山や瀬戸内海は輸出ができないので向こうから見に来てもらうことにすぎません。しかも、いわゆる物品の輸出貿易は、日本のなけなしの資源を出すのですが、富士山や瀬戸内海はいくら見ても減らないのです。運賃も要らなければ、荷造り箱も要りません。そのうえ八億ドルからの金が落ちるのですから、こんなうまい事業はちょっと他にはないと思います。

 政府も、儲からない面に金を出して、何かと問題ばかり起こしていないで、ちょっとは儲かる面に金を出してはどうなのでしょう。アメリカ人は政治もうまいし、商売もうまい。だから、もし今、日本人とアメリカ人とが全部国を入れ替えたなら、彼らはたちまちのうちに、この自然の景観を活かして、日本を観光の楽土にして、世界を相手にドンドン金を儲けることでしょう。要はその国民のものの見方、ものの考え方にあるのです。

 ですから、二百億円でも少ないくらいですが、まずまずこれで我慢をしましょう。
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