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天皇と太平洋戦争 開戦の真相から終戦の決意まで
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歴史
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第六章 同床異夢のガダルカナル作戦

『天皇と太平洋戦争 開戦の真相から終戦の決意まで』
[著]土門周平 [発行]PHP研究所


読了目安時間:12分
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 ガダルカナル作戦は、太平洋戦争の中でも特筆される有名な作戦ではないだろうか。


 なぜ、それほどに有名なのか、その理由はいろいろあるが、その一つは戦争指導という大きな立場からみて、開戦以来、破竹の進撃を続けていた日本軍が、この作戦に失敗して防勢に立ち、事後一度も主動的な作戦を遂行することなく、敗戦への途をころげ落ちていったからである。すなわち攻防の転換点である。


 もう一つの理由は、攻防の転換点になるほどの大激戦が展開されたので、第一線部隊は軍隊としての限界をはるかに超える戦闘を要求された。後方補給を遮断され多くの餓死者が出始め、最悪の時期には一日に三十名前後の栄養失調による死亡者が出るほどであった。


 陸海軍の統帥部は、第二段作戦のための世界情勢判断で、「米国の本格的反攻は昭和十八年以降」としたことを信じて、八月七日早朝入電したツラギとガダルカナルに連合軍上陸を開始す、という報告を、それほど大事になるものとは考えなかった。


 とくに太平洋正面ということで陸軍側の関心は薄かった。それだからこそ、その日の昼間、宮中でグアム島に待機中の(いち)()支隊を急遽ガダルカナルに向けることを海軍から要請されて、杉山参謀総長がまず同意し、そのとき偶然顔を合わせた東条陸相に杉山が話し、東条も立ち話で同意したのであった。


 だが、昭和天皇の戦略的感覚は、素晴らしかった。八月七日は立秋で、日光は朝から雨であった。午後四時、沼侍従武官長から「今日の朝早く、ソロモン諸島のツラギが空襲され、アメリカ海兵隊が上陸を始めました」という報告が届いた。


 これを聞かれた天皇は、

それは米英の反攻の開始ではないか。いま、日光なぞで避暑の日を送っているときではない。即刻帰京して憂いをわかち、策を聴かねばならぬ。帰還方用意せよ16


 といわれた。側近がお願いして、結局天皇は予定どおり八月十二日まで日光に滞在されるが、陸海軍統帥部首脳の反応と、なぜこのような格段の差異があるのであろうか。大本営陸軍部作戦課の参謀でさえ、この時点ではまだガダルカナルもツラギも知らなかったのである。


 実際の戦況は、連合軍の本格的反攻の前に、飛行場設定を主任務とするガダルカナル島や、水上機基地であるツラギの海軍部隊は、(しょ)(せん)敵すべくもなかった。

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