『心が折れない子が育つ こども論語の言葉』
[著]齋藤孝
[発行]PHP研究所
2010年に『子どもが育つ論語の言葉』として出版した本を、この度文庫版として出版する運びとなりました。2010年から2017年までの7年間で、子どもたちを取り巻く環境には大きな変化がありました。それはSNS(ソーシャルネットワークサービス)の全盛です。
SNSは子どもたちの心の環境をがらりと変えました。LINEなどで常に友だちとコミュニケーションをとり、自分自身を友だちからの目で見る習慣がついてしまったのです。
自分を認めてもらいたいという欲求を、承認欲求と言います。これは大人にも当然あるものです。承認欲求が強くなりすぎると、他者からの承認がないと不安に陥るようになります。
他人からの評価でしか自分をとらえることができない。そんなあり方は非常に不安定なものです。そこに欠けているのは、自分で自分を支えることのできる精神の強さです。
孔子は人からの評価を気にかけるな、自分自身に足りない部分があることを気にせよ、自分自身の力が足りないことを気にせよと、何度も言っています。孔子の時代から、弟子たちは他人からの評価を気にしていました。
しかし、現在の子どもたちの状況というのは、毎日が他者の視線による評価にさらされ続けているという状況です。これは、心を相当疲弊させる環境と言えます。
LINEでの既読スルーが一つあっただけで心が傷つき、眠れなくなる、といったことはよくあることです。1日に5時間以上SNSをやる中高生も珍しくありません。
一方で、本を読む時間はどんどん減っています。本を読むということは、著者やそこに描かれた人物の人格を自分の中に入れるということです。
『ソクラテスの弁明』を読めば、ソクラテスという大きな人格が自分の中に住み込むようになります。『論語』を読めば、孔子という偉大な人格が自分の中に住み込むようになります。そうして、自分の心を偉大な人物の森にしていくことが読書の良さです。
そうした偉大な先人と触れ合う機会である読書をほとんどせずに、友達とのおしゃべりで心を満たそうとするのには無理があります。精神の力は、偉大なる精神の持ち主の影響によって培われるものです。友達とのおしゃべりだけでは精神の力は養われません。
精神の力というと漠然としたもののように思われるかもしれませんが、実際には社会を生き抜く上で一番大切な力です。
様々な要求が自分の身に降りかかるときに、それに負けずに応えていく。そうしたものも精神の力です。
心が日々移り変わる天気のようなものだとしたら、精神はぶれることが少ない一生を貫く棒のようなものです。一生貫いてぶれることがない精神の力を持った人は、心も安らぐことができます。
『論語』は、約1500年前の伝来以来、日本人が長い間愛し続けてきた書物です。たどれば、聖徳太子の十七条の憲法にも「和を以て貴しと為し」とありますが、これも『論語』の中にある「礼の用は和を貴しと為す」という言葉とつながっています。日本人が精神というものに目覚めたときから『論語』はともにあったということができます。
今の時代はストレスが多い時代です。そんな時代にこそ、精神を安定的に保つ最良のテキストである『論語』をお勧めしたいと思います。『論語』の言葉を手掛かりにして、家庭の教育をやってくだされば安定した精神の子どもになっていくと信じています。
齋藤 孝
※本書で取り上げた『論語』の言葉は原則として、原文、読み下し文ともに、金谷治訳注『論語』(岩波文庫)に準拠しています(一部省略した箇所があります)。また、表記は可能な限り常用漢字と現代仮名づかいを使用しています。原文の後の括弧は、岩波文庫版で示されている編と章番号を表しています。