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本物の医師になれる人、なれない人
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人文・科学
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第三章 正当な開拓精神

『本物の医師になれる人、なれない人』
[著]小林公夫 [発行]PHP研究所


読了目安時間:34分
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 1 医師には「開拓精神」が必要である


 前章では、医師の「注意力」とそれに伴う「判断力」の必要性を模索しました。これはいわば、医師の「安全」「保身」につながる話であったかもしれませんが、本章で検討するのは、あえて「危険」な領域に挑戦する医師のための行動の指針です。

 すなわち、「新しい治療法への挑戦が許される場合、許されない場合」の境界線を、ここでは明らかにしたいと思います。

 前章で述べたとおり、多くの医師たちの行動に「右ならえ」すること、すなわち、医学界に形成されている「医療群」を正しく見極めこれに従うという鉄則は、医師にとり重要です。

 そのような行動準則の遵守は、患者の健康建設にも寄与します。しかし、こうした前章の結論に対しては、首を(かし)げられた読者もおられたのではないでしょうか。

 過失による責任を問われ、職業生命を(おびや)かされる危険を回避するために、医師たちがただただ「医療群」に追従し、医療現場で「安全である」と定着した治療法だけを選択、施行したとしたら、一体どうなるのでしょうか。この場合、確かに医師にのしかかる危険は減るかもしれません。しかし、同時に新しい治療法に果敢に挑戦する者はいなくなり、医学の進歩は停止してしまうのではないでしょうか。

 高度に発達した現代の医療をもってしても、治癒させることが困難な病は少なくありません。たとえば、アトピー性皮膚炎や突発性難聴のように、患者の日常生活に大きな苦痛と困難を与えるにもかかわらず、根本的な治療方法が見つかっていない病気はあるのです。

 さらに、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゆくせいそくさくこうかしよう)(ALS)のように、ひとたび発病した患者は対症療法を行いながら死を待つしかない、という難病も存在します。

 救いを待つ患者らの切実な願いに応えるために、新たな治療法の開発が必要な場合はあります。そして、新療法に着手する段階においては、ある程度の危険を伴う「挑戦」を避けることはできないのです。

 こうした挑戦は、成功すれば喝采と賞賛を浴び、残念な結果にとどまれば、「無謀な治療だった」「医療過誤だ」という非難を浴びることになります。これは、医師としての職業生命を左右する大きなリスクです。ですから、すべての医師に「新たな治療法に果敢に挑戦せよ」と命じることは、酷というものでしょう。

 しかし、「医療群」に従い、安全で確実な治療に専念する「普通の医師」が大多数をしめるとしても、一方にはあえてリスクを押し、患者の救命のため医療の「地平線」に接近しようとする、「開拓的医師」もいなくてはなりません。

 もちろん、「開拓的医師」による挑戦も、それが患者を実験材料と見なすような無謀な試行であったり、医学的・科学的な裏付けが不十分な“一か八かの賭け”であってはなりません。

 結果がよければ称揚し、結果が思わしくなければ指弾するという、一部のマスコミに見られる浅薄な論調に左右されないためにも、医師は自らのうちに、「新たな治療法への挑戦に際し、許されること、許されないことの境界がどこにあるのか」について、明確な尺度を具備しておかなくてはならないのです。


 2 アトピー性皮膚炎の画期的治療法?――偽アトピー治療事件──


 新たな治療法を試みる際に、医師はどのような準則を守ることが求められているのか。この問題を考える上で、まずは、明らかに許容される境界線を越えてしまった行動の例を検討することから始めましょう。

 ここで取り上げるのは、「アトピー性皮膚炎を緩和する画期的な治療法を見出した」と主張したある歯科医のケースです。

 この歯科医は、歯科治療中に遭遇したある出来事を契機に、独学でアトピー性皮膚炎の研究に取り組み、その結果手に入れたという「知見」に基づき、アトピーに悩む複数の患者に、実は科学的根拠のまったくない「治療」を施してしまったのです。

 事件の発端は、この歯科医が女性患者Aの虫歯治療をしていた時にさかのぼります。歯科医はAに、ごく一般的な虫歯の根管治療(歯の神経・根の治療)を施していました。

 ところが、五、六回にわたり治療したところで、アトピー性皮膚炎に悩むAは不思議なことに気づき、歯科医に話しました。「いつもは(かゆ)くて眠れないのに、歯の治療を受けた後はよく眠れる」。これを聞いた歯科医は、ある着想を得ました。

 歯の根管治療では、虫歯に罹患した歯の根などを除去し、そこに清掃剤や消毒剤を注入します。この治療方法と、アトピー性皮膚炎の緩和とに何らかの医学的連関があるのではないか、と歯科医は考えたのです。

 アトピー性皮膚炎は、よく知られているように根本的な治療が難しい病気です。常に皮膚の炎症を抱えている患者の苦しみは、非常に深刻なものです。この歯科医は、患者らの苦しみを癒してやりたいという気持ちから、本格的にアトピー性皮膚炎を研究し、自らの着想を裏付けようと決意したのでした。

 早速、歯科医は医学書を読みはじめ、虫歯の根管治療に使う清掃剤や消毒剤で、なぜアトピー性皮膚炎が緩和されるのかを知ろうと、化学に関連する文献も読みあさりました。そして自分なりに研究を進めるうちに、ある書物で「アトピー性皮膚炎などの皮膚の疾患に、活性酸素やフリーラジカルが何がしか関わりがあるのではないか」との記述に出合います。

 そこで歯科医は、さらに有機化学に関する書物も読み進め、活性酸素・フリーラジカルに関する知識を収集しました。こうして、「虫歯治療に使う清掃剤や消毒剤が、活性酸素やフリーラジカルを抑制し、アトピー性皮膚炎を緩和するのでは」という仮説が、徐々に形成されていったのです。

 この頃、研究と並行して、歯科医は実際に新たな治療法を試みています。Bという女性患者の治療を境に、独自に改良を加えた新しい虫歯治療を採用するようになりました。これは、歯に穴を開け、中の神経を抜き、一度清掃剤で掃除した後、消毒剤と清掃剤を含んだ脱脂綿を詰め、セメントで封じる、というものでした。従来の虫歯治療では、清掃剤と消毒剤を別々に詰めていたのに対し、この方法では両者を脱脂綿に含み、歯の中に詰め封をする点で異なっています。
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