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(2021/11/26 追記)

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本物の医師になれる人、なれない人
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人文・科学
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『本物の医師になれる人、なれない人』
[著]小林公夫 [発行]PHP研究所


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 今回、私は約三ヶ月間にわたり、教え子を中心に、著名な医師も含め、十数名の医師に取材を行いました。そして、取材の過程で医師の能力・資質について考えさせられるだけでなく、医療の不確実性、医療に携わる事の怖さを教えられ、ひいては医学の素晴らしさをも実感させられました。

 殊に、東京女子医大人工心肺事件で被告となり、最終的に無罪判決を得た佐藤一樹医師(現・いつき会ハートクリニック院長)の話は極めて印象的でしたので、まとめの意味でここにご紹介しておきたいと思います。

 佐藤氏との出会いは、東京・白金台にある東京大学医科学研究所でした。今から三年前、私はそこで開催されたシンポジウムにパネリストとして参加し、医療過誤に関する短い講演を行いました。シンポジウムが終了し、帰ろうとしていると、一人の男性が私に近づいてきて、「私は東京女子医大の医療過誤事件の被告です。お話を伺いたい」と声をかけてきました。それが佐藤医師だったのです。佐藤医師は、治療行為がどのような場合に違法性がなくなるかについて考察した『治療行為の正当化原理』(日本評論社)という私の博士論文を読み、その考え方に興味をもたれたようでした。

 皆さんは、東京女子医大の人工心肺事件をご記憶でしょうか?

 二〇〇一年三月、東京女子医大附属日本心臓血圧研究所で心房中隔欠損症と肺動脈弁狭窄症(はいどうみやくべんきようさくしよう)の手術を受けた女児(当時十二歳)が、術中に大静脈から人工心肺に血液がうまく抜き取れない異常が発生し、脱血不良から脳障害を起こし、手術から三日後に亡くなったという事件です。

 この手術の執刀責任者で講師のS医師は、家族に事故の経緯を語らず、カルテを改ざんしました。このことが明るみに出ると、東京女子医大は内部報告書をまとめ、死亡原因は人工心肺のポンプを高回転にした操作ミスに起因する脳障害と結論づけました。翌年一月、警察は人工心肺を操作した佐藤氏と、カルテを改ざんしたS氏への事情聴取を開始し、六月には佐藤氏を業務上過失致死容疑で、S氏を証拠隠滅容疑で逮捕しました。その後、S氏は証拠隠滅罪で懲役一年執行猶予三年の判決が下されましたが、佐藤医師は二〇〇九年三月に無罪が確定。一審では、脱血不良となった原因は佐藤医師の器具の操作ミスではなく、回路内のフィルターが水滴で詰まったためとされ、二審では、死因の脳障害は執刀医の操作に問題があることが指摘されました。


 ある日突然被疑者になる

 本来無罪だった佐藤氏が逮捕されるに至った最大の要因は、東京女子医大がまとめた内部報告書の存在にありました。それを根拠に、警察による任意の取り調べが二〇〇二年一月から週一回二時間ほど、合計一七回も行われ、内部報告書との整合性をとるように進められました。

 佐藤医師によると、警察は内部報告書の間違いに気づいていながらも取り調べを続行したそうです。ところが四月になるとパタッと呼び出しがかからなくなり、六月三十日、突然、自宅に警察官が逮捕状を持って現れたのです。

 佐藤医師がシンポジウムに現れたのは、高裁で無罪判決が出る一年前のことでした。私は、佐藤医師から事件の経緯と取り調べの状況を聞き、随分と複雑な問題が背景にあることに驚かされました。その場で過失犯の理論を簡単に説明し、佐藤医師の行為に違法性は認められないことを私の立場からお話ししましたが、医療に情熱を傾けてきた一人の医師が、何の落ち度もないのにある日突然、被疑者となり、さらに被告と呼ばれることに、医師という職業に潜む危険性を感じずにはいられませんでした。

 その後、新聞やテレビの報道で佐藤医師の無罪が確定したことを知った私は、胸をなでおろしました。同時にもう一度佐藤氏にお会いし、今回のような事件に巻き込まれる危険性のある医師という職業を全うするには、どのようなマインドや能力が必要なのか、また、このような苦難を乗り越えてみえてきたことについてぜひ伺いたいと思ったのでした。

 幾度かのメールのやりとりを経て、今年の二月のある土曜日の夕方、佐藤医師が高校時代を過ごした杉並区荻窪で私たちは落ち合うことになりました。二〇〇八年の春にお会いしてから三年が経過していましたが、長い裁判を終えた安堵感からか、最初の印象とは違い表情に明るさが戻っていました。

 私たちは、不条理な扱いを受けた今回の医療過誤事件のこと、医療の世界で今起きていること、そして今回のテーマである「医師の能力・資質」について、約四時間にわたり、意見を交換しました。

 その晩、佐藤医師はご機嫌でした。そして、佐藤医師が熱心に語る「医師に必要な能力」は私が考えていたものと重なっており、中でも印象に残るものとして、およそ三つの能力を医師は体得しているのだと悟りました。


 基礎体力は医師に不可欠

 一つはごくごく普通のもので、共通能力の項目でも出てきた「基礎体力」です。この能力の重要性は、彼の口から語られた次のようなエピソードが如実(によじつ)に示しています。

 医師になって一年目、佐藤医師は東京女子医科大学循環器小児外科の第三助手の立場で多忙を極めていました。当直の夜は小児科で乳児のレントゲンをとったり、採血をしたり、眠る暇なく作業をし、翌朝には次の日の手術のプレゼンテーションに向けて準備や勉強をしなくてはなりませんでした。当時、女子医大から歩いて一分もかからない場所に住んでいましたが、帰れないことが多く、帰ったとしても靴を履いたまま玄関で寝てしまうような状態でした。一週間のうち横になった時間が十時間ほどということもありました。奥様と喫茶店にでかけ椅子に座った途端に寝てしまい、ひっくり返り後ろにいた客に頭をぶつけたこともあったといいますから、いかに医師の仕事が激務であるかがわかります。

 しかし、この激務を乗り越える力、強靭な体力、精神力が医師の仕事の基礎であり前提なのです。


 留置所で人気者になれたわけ

 私の印象に残った二つ目の能力は、人の心を開くコミュニケーション能力です。私自身、佐藤医師に取材していると、何だか不思議な気分にさせられたのです。本来、取材者であり聞き手であるはずの私が佐藤医師の心をリラックスさせるべきところ、心を開いて、なごんだ心持になったのは私のほうでした。佐藤医師に心地よくしゃべらされているという感覚になったのです。それは決して、無理にしゃべらされているというような嫌な気分ではありません。すでに縷々(るる)述べたことですが、この不思議な能力が、医師には決定的に重要なのです。

 逮捕後、彼が留置所で拘束されていた際にもその能力は自然に発揮されていたといいます。

 窓のない、太陽を拝むこともできない閉鎖された留置所で四十五日間、佐藤医師は他の被疑者らと寝起きを共にしました。毎朝六時に起きて九時に就寝、入浴は週一回から二回。朝食はご飯、たくあん二切れ、味付き昆布、ワカメが少し浮いた味噌汁。昼食はコッペパン二個に、ジャムとマーガリンで、飲み物は白湯か水。夕食は天ぷらやフライなどのおかずがつきましたが、異様に油分が多く閉口したそうです。

 佐藤医師はそのような過酷な生活の中でも、自分自身と周囲がよく見えていました。そして、持ち前のコミュニケーション能力や医師としての知識を生かし、さまざまな境遇の人たちの信頼を得ていきました。入所して数日すると、周囲に自然と人が集まってくるのを感じたといいます。

 アッラーの神に祈る時間を一日に五回から三回に減らされ、ホームシックになっているイスラム教徒の相談に乗ってあげたり、中国人の被疑者とは中華料理のレシピの話題で盛り上がったりしました。知識の引き出しの中から相手の興味のありそうなことを抽出し、そこから相手の話を引き出してあげると、皆、なごみ喜んでくれるのがわかったといいます。

 留置所では二週に一度、医師による検診がありますが、言葉の問題などで直接医師に言えないことを佐藤氏に相談してくる人が徐々に増えていきました。たとえば、お米を食べると便秘の症状がひどくなるイラン人、昔患った病気から留置所のシステムでは処方しにくい薬が必要だがそれをうまく伝えられない中国人などです。佐藤医師はそういう人たちの状態を留置所の医師にこと細かに説明し、薬の処方をお願いする役目も担っていたといいます。


 患者さんの人生に興味を持つことが、医療の第一歩

 人の心を開くコミュニケーション能力と深い結びつきがありますが、佐藤医師との対話から実感した医師の能力の三つ目は、患者さんの人生、生きてきた背景に入り込む能力が挙げられると思います。

 たとえば、心臓の検査の際に、医師が患者さんのカテーテルを挿入した動脈の穿刺(せんし)部位を押さえるケースがありますが、そんな時間にもそのようなチャンスはあると佐藤医師は言います。つまり、短い些細な時間を使い、患者さんと会話をするように心がけているというのです。

 患者さんがどこで生まれどのような人生を送ってきたのか、どのような食べ物が好きでどのような苦労を経験してきたか。そういった取り留めのない話をしていると、病気のみならず患者さんの人生の背景が透視でき、先天的な遺伝要因だけではなくさまざまなことがわかるというのです。糖尿病の患者さんが実はバブルの頃に美食家だったとか、脳梗塞(のうこうそく)の患者さんが昔はゼネコンに勤務し夜な夜な遊んでいたとか……。
「患者さんが私の所にくるまでどういう段階を経てきたのか、患者さんの人生に興味を抱く必要がある」と佐藤医師は強調します。

 もちろん、病気を診ることが医師の仕事ですが、一歩進んで、病人自身に接近することが重要だというのです。患者の心に入り込み、患者の心配、悩みを実感すれば、患者が何を求め、現在の患者にとり何が一番の幸福なのかもみえてきます。

 合計九十日間の苦しい留置所・拘置所生活で、佐藤氏は面会に来てくれた友人の友情と家族の優しさに触れ、人の温かさを身にしみて感じたそうです。何ら落ち度がないのに、“医療の負の側面”に触れさせられることは、辛いことかもしれません。しかし、そのような特殊な体験をしたからこそ、佐藤医師はひと回り大きな“医師”に成長されたのだなと、思わずにはいられませんでした。
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