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(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

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「思い」を実現させる確実な方法
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生き方・教養
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III 「知的生活」で自分を磨こう

『「思い」を実現させる確実な方法』
[著]渡部昇一 [発行]PHP研究所


読了目安時間:33分
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自分の考えていることを他人に理解してもらうことに
とても苦労します。
そのせいか、人の集まるところに出て行くことも
どんどん苦手になってきたようです。



 人が集まるところでは議論というものが生まれてきます。しかし最近は、議論が苦手だ、どうやれば相手を説得させられるのか分からないという人の話を、確かによく耳にします。

 議論といっても、いろいろな種類があります。たとえば、弁護士がする議論は、とにかく相手に勝てばいいというものです。そういう議論も一つにはあります。

 自分の考えていることを話し、違っている考えの人の話を聞いて、そこで説き伏せようと努力はしてもいいけれども、説き伏せなければ駄目だというものではないと思います。お互いに刺激を受け合うような、そういう対話が望ましいと思うのです。

 ですから私は、大学院の生徒たちにもギューギューと教えるようなことはしませんでした。たとえば、私は英文科で教えていましたが、学生にはドイツ語の本を読みなさいといっていました。英語学は、学問としてはドイツで成立し、一九五〇年頃まではドイツが断然進んでいたからです。その蓄積にアクセスができないようでは、英語学の専攻者としては困るわけです。ですから、ドイツ語の、一流の英語学の本を読ませていました。

 また、ドイツ語の本を読ませるのには主として三つの目的があります。一つ目は、ドイツ語ができるようになるということ。二つ目は、取り上げるテキストは天才といわれた人の論文にしているので、それを読むことで間接的なインスピレーションを受けることができる。そして三つ目は、そこに集まったあと、必ず一緒に食事をして、そこで議論というか、雑談をします。そこで話し合うのは、くだらない話でも何でもいいのです。これも大きな目的です。

 クラスの中での話し合う場合と違って、食事をしながらの話し合いとなると、気分も楽になりますから、いろんなたくさんの話が出てきます。これが、私にとっても学生にとっても非常によい知的な刺激になると考えています。

 人間が一番人間らしいのは、やはり考えることだと思います。その「考える」というのは、自分で考えるというだけではありません。自分の考えたことを分かちあいたいという欲求も、「考える」ということの一つです。

 それを実行するには、たとえば本を読んだり、自分だけの世界で考えをまとめるという方法が一つにはあります。それから、自分の考えたことを分かってくれる人たちと交際する。それによって次の段階を考えることができる。それを楽しいと感じる人が、知的な生活者といえる人だと思うのです。

 加えていうと、考えるという場合、非常に大切なことは「自由に考える」ということです。ですから、既成概念にとらわれないようなことを考えるというのがいいと思います。

 たとえば、人間というのはどんなものであろうか。そういうプラトン(※6)以来、テーマとして出てきていることを自分の問題として考えてみる。

 そうすると、人間は死んだら霊魂もなくなるであろうか、残るであろうか。なくなるとするならば、人は努力するという意味は何であろうか。もし残るとすれば、どういう形で残るであろうか。それが一番発達した段階で残るであろうか等など、いろんな発想が出てくるはずです。

 そういうことを考えている人は昔からたくさんいます。ですから、昔の人の本を読んだり、そうすると自分の考えはどれに(くみ)するかといったことも考えるようになります。

 あるいは、国と個人はどういう関係にあるべきかというテーマもあるでしょう。そうした問題意識を持っている人、それについて考えるのが好きな人はたくさんいるのです。

 絵画にしても、絵が好きな人はたくさんいます。絵の鑑賞力は、ある程度勉強しなければいけませんし、実際に絵も見なくてはなりません。そうすると、それについて意見を交わせる人と対話したくなってくるものです。

 文学でも同じことです。ある文学書を読んで感激したとします。そうすると、書評者はどう言っているのかとか、自分の友人で同じ本を読んだ人はどう思っているのか、と思うはずです。そこで、同じ本を読んだという人が話し合うと、独自の知的連帯感のようなものが湧くということになってくるのです。

知的な連帯感を持てる人と「対話」することの効用について
もう少し教えてくれませんか。



 私がハマトンの書と出会ったのは大学三年から四年に上がるときの春休みでした。昭和二十七年(一九五二年)頃です。戦前は有名だったのに、当時の日本では、ハマトンという作家はほとんど無名になっていました。イギリス人さえも知らなかったほどです。

 あるとき、早稲田大学にアメリカ人の先生がいて、その家に招待されたことがありました。私の世代より下の世代のアメリカ人は本をあまり持たないのですが、その先生はたいへんな蔵書家で、たくさん古本を持っていました。

 ふとみると、ハマトンがあるではないですか。それで、「ハマトンがお好きですか?」と聞きました。すると、「これはいいんだ、朝起きて読むと、何とも言えなく楽しい気持ちになる」というのです。

 私も、同じような感覚でしたから、その先生とはそれまで別に接点がなかったのですが、「ああ、この人は私と同じく考え、同じく感じうる人だな」と、新しい親しみが湧いてきました。そうした友人は、知的生活の共有者なのだと思います。

 文学を通して親しくなるということは、少なからずあります。同じ小説、同じ作家を面白いと感ずる能力がある人といろいろな話をするというのは一つの知的交流です。そうした知的交流には、国籍も職業も関係がありません。

 知的交流というと、知識を鼻にかけたように聞こえるかもしれませんが、それがないととてもやりきれないということは皆さんにもあると思います。

 私の場合でいえば、佐藤順太先生がいなければ、学生時代の夏休み、春休み、正月休みも、田舎に帰らなくなっていたかもしれません。その先生がいらっしゃるから、田舎に帰るのが非常に楽しみだったのです。
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