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人生を後悔することになる人・ならない人 パラダイムシフトの心理学
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生き方・教養
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第四章 他人に評価されるように生きるなんてバカげている

『人生を後悔することになる人・ならない人 パラダイムシフトの心理学』
[著]加藤諦三 [発行]PHP研究所


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人生には「欠乏動機」という落とし穴がある


 マズローによれば、動機には欠乏動機と成長動機の二つがある(註1)。



 欲望、願望、あこがれなど求めているものが欠乏したときに、人は動機づけられる。それが欠乏動機である。


 欠乏動機は、それが満たされないと健康を害するもの。その欲求は基本的なもので、人が健康のために満たされなければならない、主体以外の人間によって外部から満たされなければならない。


 欠乏動機とは、安全、所属、親密な愛情関係などの基本的欲求が欠乏しているときに、それを満たそうとする動機である(註2)。



 嫌いな仕事だけれども、皆が賞賛してくれる。


 好きな仕事だけれども、誰も誉めてくれない。


 どちらを選ぶか。



 前者を選ぶ人が欠乏動機で動いている人である。


 本当はマンゴーが嫌いでも、「あの人は高価なマンゴーを食べている」といわれて満足する。そのマンゴーを食べる動機が欠乏動機である。


 自分はマンゴーが美味しくない。自分ではマンゴーがなんで良いのか分からない。


 欠乏動機で動く神経症者には好きなものがない。


 周りは嫌いなものばかりである。


 しかし、そのなんでも嫌いな人が、その嫌いなものに「これは価値がある」と主張することがある。


 そして、それを獲得しようとして努力する。


 それが欠乏動機からの努力である。


 自分が嫌いなら相手に優しくなれない。


 どんなに花が好きでも、心が満足していなければ、花を折ることもある。


 どんなにその人が好きでも、心が満足していなければ、意地悪をすることもある。


 そんな時でも「優しくなりなさい」という規範意識とか道徳に従う。心の底では嫌だけれども、それが欠乏動機からの努力である。



 満足していない中で選択するのが欠乏動機。


 満足している中で選択するのが成長動機である。


 欠乏動機と成長動機の〓藤は、生涯を通じた〓藤である。


 ある高齢者が「やろうとしていたことの一つでもしていたら『俺の人生は』また変わっていたろう」という後悔の言葉を書き遺した。


 それをいいかえれば、「一度でも成長動機に従って行動していたら、私の人生は変わっていたろう」ということである。


 この人はずーっと欠乏動機に従って動いていた。


ダメな夫と別れられない妻の心を支配しているもの


 世の中には、「死んでも不幸を手放しません」という人がたくさんいる。それは退行欲求の強さを表している。


 人は不安を避けたい。そこで命がけで不幸にしがみつく。「幸福か不幸か」の問題よりも、「不安か安心か」の選択の問題の方がはるかに本質的で、深刻である。


 人は不幸と不安のどちらかを選ばなければならない場合、不幸を選ぶ。



 別の視点で表現すれば、それが退行欲求の恐ろしさである。


 夫はアルコール依存症で妻に暴力を振るい、働かないで浮気をしている。妻の働きで生計は成り立っている。


 妻としては、別れれば良いはずである。しかしどんなに不幸でも、離婚する不安よりはよいと考えて別れることができない。


 だから「死んでも不幸を手放しません」という態度にならざるを得ない。


 それは不安よりも不幸の方が心理的に楽だからである。


 結果はどうなるか。


 長いこと安心を求めて欠乏動機で動いていれば、次第に無気力になる。


 また他人に気に入られることばかりしていると、自分の欲しいものが分からなくなる。


 やっていることに興味がなければ、エネルギーは長続きしない。



 自己実現が成長動機からの行動であり、自己栄光化が欠乏動機からの行動である。



 大部分の神経症は、他の複雑な決定要因とともに、安全、所属、同一化、親密な愛情関係、尊敬と名誉に対するみたされない願望から生じるものである(註3)。



 他人の心を失うことを恐れて行動する。そのような行動は、自分の本性を裏切る行動であり、欠乏動機からの行動である。


 そうした態度が長く続くと、自分は何者であるかが分からなくなる。


 そして偽りの人間関係を維持するために本来の自分の感じ方、考え方を犠牲にする。そのように自分を偽っているうちに、自分が本当はどのような人間であるかも分からなくなる。


 自分の欲しいものが分からないと、他人に気に入られることしか考えない。悪循環していく。


自分の本性を裏切り続けることの恐さ


 マズローは「完全な矛盾(註4)」という言葉を使っている。要するに、社会的正常性と心理的正常性が矛盾するということである。



 全ては正常であるが、彼は拒絶されている。つまり無気力になっている。生きている意味が分からなくなる。


 愛されていない子に、


 満足していない子に、


 いじめを禁じれば、その子がノイローゼになるかも知れない。



 自分を侮辱する相手に対して従順になることで自分を守ろうとする。そうするとそのたびに、自分が自分にとって頼りなく感じるようになる。


 その結果、本当に楽しいということがなくなる。


 真の自己の発展は「楽しいこと」の体験が欠かせない。



 そういう中で、劣等感を持つと二つのことが出てくる。



 1 人間嫌い。


 2 楽しいことがない。



 自己実現にはどうしても自己信頼が必要である。


 自分の本性を裏切るなどの行動を続けながら、社会的に正常でいることは、病気なのに健康なフリをしながら生きているのと同じことである。


 人に負けても良い。しかし自分の退行欲求に負けるな!



 自分の本性を裏切りながら生きていかざるを得ない人がいる。


 それは「疑似自己」である。

「疑似自己」とは本当のことがいえないで生きている人の「自己」である。



 なぜ彼女は好きでもない人と結婚したのか。


 それは、マズローの言葉を借りれば「喜びのためではなく生きのびるため」である(註5)。

「疑似自己」とはまさに生きのびるための自己である。


 自分にとって重要な他者に気に入られるために、楽しくなくても「ああ、楽しかった」と思わなければならない。


 そして大袈裟に「ああ、楽しかった」という。

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