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自分のうけいれ方 競争社会のメンタルヘルス
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生き方・教養
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第六章 すべての道は幸せにつながる

『自分のうけいれ方 競争社会のメンタルヘルス』
[著]加藤諦三 [発行]PHP研究所


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  一、固有の体験を受けいれる

 

 「あなたがあなたの現実をつくる」

 アルフレッド・アードラーは、体験は人間がつくるのだと述べている。

 私は、アメリカの経営コンサルタントの書いた『ブレイン・スタイル』(マーレーン・ミラー著、講談社、一九九八年)という本を訳したが、そのなかの一節を引用してみる。
「ヒューストンのスタッフ・ディベロプメント・センターの所長のテリー・ブラント医師は、神経生理学者と他の専門家とともに、問題を解決するのに脳がどう働くかを調べる研究をしている。その中で一つ分かったことは、私たちが考えるときに脳から生じる神経物質の測定方法である。人間の脳に表れる『考え』情報小片(information bit)の数は、一分間に五万近くだと、彼は報告する。

 これは、私たちが表す知覚入力の数の何百倍にもなる。環境からの入力よりも、脳内でもっと『考え』を引き起こしているという事実を、私たちは実際に測ることができる。ブラント医師が一緒に研究をしている精神生理学者の一人が、脳の働き方を測ることについて次のように言う。『あなたは、あなたの現実をつくるのだ(注19)』」

 それは、人間が他人の態度や環境からどういうふうに影響されるかは、もっぱらその人間によって違うということであろう。事実がどう影響するかは、その人の心の世界に依存(いそん)しているという意味である。

 同じ体験をしても、ある人は傷つき、別の人は傷つかない。つまり、問題は体験とか環境そのものではなく、その人の心の世界にある。

 人生のなかで出会う障害がどれだけその人を苦しめるかは、その人しだいである。障害がまったく障害でなくなるかどうかは、その人しだいである。

 人が社会的・経済的・肉体的に同じ経験をしていても、その楽しさあるいは辛さは、その人によってまったく違う。

 たとえば、何かを失うことの意味は、人によって違う。あることやあるものが「ない」ことの意味も人によって違う。

 十分に愛されないで育った人がいる。たとえば、肛門性格でケチな人が十万円なくしたとする。

 肛門性格とは、フロイトによれば口唇期(生後およそ一年間のことをいう)を過ぎて次の肛門期排泄(はいせつ)のしつけが始まる二歳から四歳くらいまで)で成長が止まっている人である。肛門性格は「節約」と「頑固」を特徴とする。もう一人、愛されて心理的に成長した人が同じように十万円なくしたとする。

 この二人が同じ給料で同じ額の貯金を持っていたとしても、十万円なくした体験の(つら)さはまったく違う。だから、(なげ)き方も違うのである。

 肛門性格の人は、(くや)しくて悔しくて夜も眠れないだろう。やっと寝られても、夜中に眼を覚ましたら、「あー、なんでなくしてしまったのだ」と嘆いてまた眠れなくなるであろう。その後一週間ずーっと嘆いている、他のことはもう考える余地がない、食事中も、仕事中も(うわ)の空である。

 気質的に陽気で、しかも愛されて育ったもう一人は、「また稼げばいいさ」とスッキリしている。「これからもっと注意しろということだろう。これをなくしたおかげで注意深くなって、百万円なくすことが避けられた、あーよかった」と思う。

 誰でも、「また稼げばいいさ」とスッキリしていたい。しかし、人はそれぞれ違って生まれて、違った環境で育ってくる。だから、他人と同じ体験をしたからといって同じ気持ちになることはできない。

 何を体験しても、それはあなた固有のことを体験しているのである。そして、その固有の体験を受けいれるということが自分の運命を受けいれるということである。

 

 自分を否定すれば、生きることに疲れる

 アンデルセンの童話の「人魚姫」は、自分は「人間になりたい」と思った。その結果、不幸になった。人魚姫は自分で勝手に、しっぽがあるという劣等感をつくっていただけのことである。

 人魚姫はしっぽがあったから自分なのである。しっぽがあったから人魚姫は人魚姫なのである。
「親指姫」も小さいことを受けいれたから成長できた。
「コウノトリの足は長いが、カモの足は短い。コウノトリの足を短くすることはできないし、カモの足を長くすることもできない。なぜ、くよくよ思い悩むのか」

 これは中国の哲学者の言葉だと、オートンというアメリカの心理学者の書いた"Why Worry"という本に出ていた。

 イソップ物語風に書けば次のような物語になる。

 

 皆から認めてもらいたいと思っているゴリラがいた。しかし、ゴリラは皆から、「毛むくじゃら」「見て怖い」と言われる。

 ところが、ウサギは皆から「かわいい」「静か」と言われている。

 皆がウサギを見ながら「かわいい」と言っているのを聞いて、ゴリラは、「かわいい」と言われることがよいことかと思ってしまった。

 そして、自分はゴリラなのに「かわいい」と言われようと努力した。長年にわたる無理がたたってゴリラは次第に生きることに疲れてきた。

 

 ゴリラは「毛むくじゃら」「見て怖い」と言われてもいい、ゴリラなのだから。
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