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世界のエリートが学んでいる教養としての中国哲学
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生き方・教養
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第4章 中国哲学の必須人物 中国の賢人たちが考えてきたこと

『世界のエリートが学んでいる教養としての中国哲学』
[著]小川仁志 [発行]PHP研究所


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〓孔子[紀元前552年-紀元前479年] 中国哲学の父



 孔子は、春秋時代の思想家、儒家の始祖。魯国の出身で、身分制秩序の再編と仁道政治を主張しました。弟子たちは儒家の教団を作り、諸子百家の時代、最大の勢力になります。そして彼らは、師である孔子の言葉を『論語』にまとめて出版しました。


 孔子の死後も、孟子や荀子といった儒家やその影響を受けた多くの思想家が登場し、後漢の時代にはついに儒教として国教化されるに至ります。以後、儒教は常に中国思想の根幹になっています。


 ただ、中華人民共和国では、文化大革命の際、()(りん)()(こう)運動という孔子を批判する運動を展開しました。これによって孔子は一時的に封建主義を広めた悪人というレッテルを貼られます。


 その後名誉を回復した孔子は、孔子平和賞に見られるように、現代中国においても国家をまとめるための精神的支柱として権威であり続けています。


〓孟子[紀元前372年?-紀元前289年] 性善説の生みの親



 孟子は戦国時代の儒学者。儒教では孔子に次いで重要な人物であり、「孔孟の教え」とも称されます。その言行をまとめた書『孟子』では性善説を主張し、仁義による王道政治を理想としました。


 ただ、戦乱の世にあって、孟子の理想に過ぎる思想は、いずれの諸侯からも非現実的であるとして退けられてしまいます。そこで、やむなく学問と教育に尽力したわけです。


 孟子の性善説は、人間にはもともと善の芽が備わっており、その芽をきちんと育てることで有徳な人間になるとする思想です。だからこそ環境の大切さを説いたのです。


 孟子には教育熱心だった母親のエピソードがいくつかあります。たとえば、息子にとって最善の教育環境を求めて三度も居を移したという「(もう)()(さん)(せん)」もその一つです。これが事実がどうかは別として、あたかも孟子の性善説に影響を与えたかのように語り継がれています。


〓荀子[紀元前313年?-紀元前238年以降] 性悪説の生みの親



 荀子は、戦国時代末の儒学者。斉の襄王に仕え、斉が諸国から集めた学者たちの長である「祭酒」という職に任ぜられます。晩年には楚の蘭陵県の長官にまで上り詰めます。


 なぜ荀子は君主たちに好まれたかというと、彼の思想が現実主義だったからです。それは理想主義の孟子と正反対に、性悪説の立場をとったことからも明らかです。人間の本性は悪だからこそ、礼による強制が必要だと説いたのです。


 このような形での礼の重視こそ、彼を孔子や孟子とは異なるタイプの儒家として特徴づけるものです。もともと孔子は道徳による政治、つまり徳治主義を強調したのですが、荀子はむしろ社会規範としての礼を重視する礼治主義を唱えました。


 背景には、ますます混乱を極めていた戦国時代の現実があります。そうして彼の門下から法を重視する法家が誕生していくのです。

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