◆宇宙レベルの答えをもらって開眼しよう
第1章では、避けるべきスピリチュアルカウンセラーと、私が彼らにさんざん騙されてきた苦い体験をご紹介した。しかし、それでも私は、スピリチュアル鑑定を肯定するし、生きていて道に迷っている人が目の前にいたら「さっさと占い師のところに行って相談してきなさい!」とアドバイスをする。
なぜなら、私は、占い師や霊能者たちが、スピリチュアルについての知識や経験を豊富に持っている、一般人とはかけ離れた存在だと知っているからだ。もちろんスピリチュアル業界で有名な鑑定士でも、納得のいかないアドバイスをくれることはあるが。
私自身の体験に照らしても、未来鑑定に限っては7割近くは間違っていた。それでもあきらめずに、スピリチュアルカウンセラーにかかり続けていると、なかには「宇宙レベルの答え」とでもいうべき驚きのアドバイスをくれる者も存在する。
これこそがスピリチュアル鑑定の醍醐味だ。親兄弟や友人などの近しい人の思考とはかけ離れたアドバイスのおかげで、目から鱗が落ちまくり開眼し、人生を一気に変えるきっかけになるのだ。
たとえば、私は人生で初めて出会った霊能者に、「あなたは45歳で自殺して死ぬ!」といきなり言われた。

すっかり人生に絶望してしまい、「
45歳で自殺する前に死んでしまいたい」とさえ思った。
だが、そのおかげで、これまでなんの目的もなく過ごしてきた人生を猛省して、予言を覆すような、強い生き方をしよう! と一念発起。
「まずはひと稼ぎできるように、英語でインタビューできるスピリチュアルライターを目指す」と決意した私は、30代にして英会話の猛勉強をはじめた。
その甲斐あって、日常会話程度の英語なら使いこなせるようになったものの、言葉に不自由しなくなったおかげで海外のスピリチュアルカウンセラーにかかるようになり、逆に出費がかさんでしまった……。
笑い話はさておき、あのときに霊能者からアドバイスを受けなければ、本気で英語の勉強をすることはなかっただろう。友人や家族に「英語を勉強すれば、仕事の役に立つかもよ?」などと言われたところで、「ふーん」で終わりである。
そもそも、「あなたは45歳で自殺して死ぬ!」というアドバイスは一般人からの口からは99・9パーセント聞けない。
だから今でも、人生をガラリと変えたい時はスピリチュアル鑑定を受けるのが最良の方法だと思っているのだ。
とはいえ、相談者がスピリチュアルについてなにも知らないまま占いや霊視を受けてしまうと、その言葉に翻弄され路頭に迷ってしまい、かつての私のような「スピリチュアル難民」になりかねない。私は頭が悪いので、1000万円以上もつぎ込んだ。
そうならないためにも、本書では私が知る限りのスピリチュアル業界の知識や常識について書いていくつもりだ。
◆どこで鑑定を受ければいいのか
どこに、どんな実力をもった占い師や霊能者がいるのか、世間のほとんどの人は知らない。そこで、「スピリチュアルカウンセリングを受けてみようかな」と思い立ったら、誰でもいいので目についた人、なんとなく気になった人のもとを訪れてみるのがいい。
ただし、そんなときは霊能者よりも、占い師を探した方が断然早い。新宿や銀座の街角には夜になれば易者が座っているし、書店の「精神世界」のコーナーに置いてある雑誌を読めば、電話占いのカウンセラーの広告が載っている。
「街中で占いをしていたり、広告を載せたりしているカウンセラーなんてインチキでは? それよりもテレビ番組で取り上げられているような人気の占い師に鑑定してもらいたい」と思った人もいることだろう。
気持ちはよくわかるが、私は初めて占い鑑定に行く人に、有名占い師のところへ行くことはおすすめしていない。
なぜなら、人気のある人に鑑定してもらうとすれば、どうしても予約待ちになって時間がかかってしまうからだ。予約が取れたとしても半年から1年待たされてしまうことなどザラだ。
「◯◯の母」のように事前予約ができない占い師になると、深夜のうちから行列に並んで、翌日の昼頃になってやっと順番が回ってくる繁盛ぶりだ。ここまでハードルが高くなると、実行に移す前に面倒くさくなってしまう場合がほとんどだろう。
それに、占いは誰に見てもらうかより、鑑定してもらうタイミングのほうが大事なのだ。
誰かに見てもらおうと思い立った日が吉日なので、選り好みせずに、できるだけ早く相談に行ったほうがいい。
たとえ大型スーパーの占いブースに座っているような人でも、1回の鑑定料金がたった2000円程度なのに、「思い返してみれば、あの言葉で人生が変わった!」と思えるほど素晴らしいアドバイスをくれた占い師もいた。
このように思わぬところで〈本物〉を見つけることができるのもスピリチュアルカウンセリングの醍醐味だろう。
◆どのスピリチュアルカウンセラーを選ぶのか
「どの占い師がおすすめですか」と、よく周りから聞かれるが、こういった質問には答えないようにしている。ずばり、お気に入りの人を紹介してお客が殺到し、私が見てもらえなくなったら困るからだ(他にも理由はあるが、そちらは第5章冒頭を参照)。
スピリチュアルカウンセラーは自分で探してこそなので、皆さんにはぜひ自分の足でたくさんの占い師に出会い、自力でお気に入りを見つけてほしい。
世の人は誰もが自分の幸せを探しているから、テレビなどで〈よく当たる〉占い師が紹介されると、すぐに群がってしまう。だから、本書でもスピリチュアルカウンセラーの名前は明かさずに、偽物・本物問わず、すべてイニシャルトークにさせてもらった。担当の編集者にさえ実名はひとりも教えていない。
また、カウンセラーを選ぶ際の参考にしてもらうためにお伝えしておくと、「スピリチュアルカウンセリング」とひとくくりに言っても、そのなかにはいろいろと種類があるということだ。
たとえば、「占い」という分野に限っても、雑誌や新聞に載っている「誕生日占い」や「星座占い」、「手相」や「タロットカード占い」、「姓名判断」、筮竹を使う「易」、生年月日と生まれた時刻を使って占う「四柱推命」など、多岐にわたるだけではなく、それぞれが「◯◯流」というように複数の流派にわかれている。
また、「易」は「AとBのどちらがいいか」という二者択一の質問に向いており、「姓名判断」は人生全体を見るのに適しているなど、占いによって得意分野がある。
ハワイには「ホ・オポノポノ」という、負のエネルギーを浄化するためのエネルギーワークがあるが、このように国独自の伝統に基づいた占いやヒーリングの方法も世界各地に存在している。ちなみにハワイには他人を呪い殺すためのエソテリック(秘術)もある。
近代になって開発されたスピリチュアルワークもある。宇宙の声を聞く「宇宙系」、子宮の声に従って生きるとうまくいくと女性に説く「子宮系」、サラリーマンにも人気の「マインドフルネス」のように、どんどん新しいものが出てくる。こうなると、とても選びきれない。
私自身は、メジャーな分野は網羅してきたつもりだ。
「そんなにたくさんのセッションを受けているのに、◯◯も知らないの?」とスピリチュアル雑誌の編集者からバカにされて腹が立ったので、ムキになって手当たり次第にカウンセリングを受けたという事情もある。
しかし、それでもまだ見たことも聞いたこともないセッションがいくらでもある。
数をこなせば偉いというわけではないから、これからスピリチュアルカウンセリングを受けてみようという人は一期一会を大事にする〈賢い〉スピリチュアル難民になってほしい。
◆鑑定を受けた後には謙虚さが大事
ほとんどのスピリチュアル鑑定は20分から1時間ほどの短い時間で終わってしまうが、鑑定を受けてそれで終わりではない。鑑定では自分の生き方について思わぬ問題提起をされたり、気にしていた短所をズバリ指摘されてしまうことがある。
結果「私の人生、このままでいいのだろうか」と思い悩む時間が生まれるのだが、この時間の存在こそ、スピリチュアル鑑定に意味をもたらすといえる。
極端なことをいえば、鑑定結果が当たるか、当たらないかはどうでもいい。自分がどう受け止めたかが大事なのだ。
ある知人が占い師に見てもらったあとに、「期待はずれのことばかり言われて、お金を返して欲しい!」とカンカンになっていたが、私はその言葉にこそ怒りを覚えた。
占い師から期待どおりの答えが返ってくることなど、まずない。「良いことばかり言われて褒められたい」などと思うこと自体が間違いなのだ。
もちろん、通いたての頃は私も、「お金持ちの男性と結婚できるなんて言われたらどうしよう」と甘い期待を抱いて鑑定に行っていたが、そんな答えをくれた甘ちゃんカウンセラーはひとりもいなかった。
むしろ、期待とは逆のことばかり言われた。
「私はいつ頃結婚できますか」と訊ねて「そんなの、まだいいじゃないですか」とはぐらかされるのは序の口。「あなたには結婚する資格がありません」とオネエ系でロン毛の占い師にダメ出しされて「こんなヤツにダメ出しされるくらいなら死んだほうがマシだ!」と心底落ち込んでしまうこともあった。
ちなみのこのオネエ系占い師はその後、一般女性と結婚した。
占い師や霊能者のなかには、相談者へのリップサービスで、甘い言葉を並べて立てる人もいるが、人生を本気で変えたいと思っているときに生ぬるい意見をもらっても、まったく意味がない。
実際、結婚する資格がないと言われたときには、何がなんでも結婚して見返してやろうという気持ちになり、それまで面倒で避けていた婚活をするようになった。悔しいことにゴールインには至っていないが、占い師のキツいひと言が行動を起こす原動力になった。
スピリチュアルカウンセラーにダメ出しされても、怒ってはいけない。
期待どおりでない結果でも、天からのありがたい言葉として謙虚に受け止めよう。