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スポーツの世界は学歴社会
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第2章 スポーツの発展と学校スポーツ

『スポーツの世界は学歴社会』
[著]橘木俊詔 [著] 齋藤隆志 [発行]PHP研究所


読了目安時間:46分
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 戦前の学校スポーツが発展した経緯

日本の野球は明治5年から始まった


 日本のスポーツはこれまで、主たる競技者が学生や生徒であったため、学校を中心に発展してきた。もちろん、野球やサッカーのようにプロ化した競技もあるので、学校だけがスポーツにかかわってきたわけではないが、時代を戦前に限定すれば、学校での競技生活が重要な役割を担っていたことはいうまでもない。

 そこで、本書でおもに取り上げている野球、サッカー、ラグビーが、戦前どのように発展してきたかを見ておこう。

 日本で最初に野球が導入されたのは1872(明治5)年である。第一大学区第一番中学(現・東京大学)のアメリカ人英語教師ホーレス・ウィルソンが紹介したとされている。

 これに対して、小商科大学の沼田久名誉教授は、「野球部百年史」(『小商科大学百年史』小商科大学)のなかで、「札幌農学校の前々身であり東京・芝の増上寺にあった開拓使仮学校で、アメリカ人教師アルバート・ベイツが生徒に野球を教えた」と記している。1873(明治6)年のことである。

 沼田教授はさらに、第一番中学ではノックをしただけで、本格的に試合をしたのは開拓使仮学校が最初だ、と主張する。どちらを先とするかは、専門家にまかせよう。

 いずれにしても、野球は外国人教員が多い学校を中心に普及していくわけだが、この時代はまだ競技に関心をもつ学生や生徒たちが楽しみのために行う程度で、現在の草野球程度のレベルであっただろう。

 当時、野球をやっていたことがわかっている学校は、東京大学予備門、駒場農学校、工部大学校(東京大学工学部の前身)、慶應義塾、波羅(ばら)大学(現・明治学院大学)、東京英和学校(現・青山学院大学)である。また、開拓使仮学校の後身である札幌農学校でも野球が行われていたとされているが、雪の多い北の地で古くから野球をやっていたとは驚きだ。

 東京大学予備門は、江戸幕府末期に開設された蕃書調所(ばんしよしらべしよ)(1856年)の後身である大学南校、東京開成学校が、新しく発足した東京大学(1877年)の予科として再編されたものである。明治の文人、夏目漱石や正岡子規らがここで学んでいる。ちなみに、正岡子規は大の野球好きとして知られている。

 当時の東京大学はエリート大学ではなく、むしろ各省庁(農商務省や工部省)に付属する学校のほうが格上であった。官僚となるべき人材を養成していた駒場農学校や工部大学校がそれであり、こういう学校の生徒が野球を楽しんでいた。

 その後、初代の文部大臣、森有礼(ありのり)が、帝国大学令、師範学校令、中学校令、小学校令からなる「諸学校令」を発して教育制度の抜本的な改革を行い、1886(明治19)年、帝国大学が発足する。旧来の東京大学、工部大学校、駒場農学校、司法省付属の法学校、医学校などを合併し、文字どおりのエリート校が誕生したのである。

なぜ一高は野球が強かったのか


 さて、この章でスポットを当てる第一高等学校(通称、一高)は、東京大学予備門を改称した第一高等中学校が、1894(明治27)年の高等学校令によって組織改編されたものである(以下で「一高」と表記する場合は、第一高等中学校も含む)。一高は創設当初からエリート校であり、俗にいう「一高・東大」というエリートコースが定着していく。

 この一高が野球の中心校であったというと驚かれるかもしれないが、事実、一高野球部は近隣の諸学校を次々と破り、強豪の名をほしいままにしていた。あとで述べるように、サッカーも学問水準の高い学校を中心に行われており、日本のスポーツ(とくに団体競技)は「文武両道」という特色を有していたのである。

 では、なぜ、一高は野球が強かったのか。その理由としては、次の3点が考えられる。

 まわりの学校が野球をやりはじめたのが遅かったため、一高に先行者としての強みがあった。当時、ほかの学校では柔道や剣道が盛んだったことを考えればわかりやすい。

 エリート校であるため外国人(主としてアメリカ人)教師が多く、外国人とのつきあいがあった。当然、野球の指導を仰ぐ機会が多く、何よりも外国のスポーツである野球に抵抗感がなかった。

 中村哲也氏が「明治後期における『一高野球』像の再検討」(一橋大学機関リポジトリ「HERMES‐IR」)のなかで指摘するように、1890(明治23)年5月に行われた一高対明治学院の試合で、「インブリー事件」(垣根を越えて校内に入ってきた明治学院のアメリカ人講師インブリーに一高生が投石し、ケガをさせた事件)が起こり、試合が中止になっただけでなく、一高生のプライドが傷つき、明治学院に復仇(ふつきゆう)するために猛練習に励むようになった。こうしたことから、一高生に「勝利第一主義」が芽生えていく。

 一高野球部は勝利のために、学生の自治を育成する校友会をつくり、寮生活をして猛練習に励んだ。野球部は一高を代表する運動部となり、勝利至上主義や精神主義が標榜(ひようぼう)された。

 ここから一高野球部の黄金時代(1890〜1904年)が到来するが、長くは続かなかった。前出の中村氏は、一高の学業重視の教育方針により、野球にばかり打ち込んでいられなくなった、と指摘する。エリートコースから外れないためには、学業をおろそかにできなかったし、できるだけ優秀な学業成績を収める必要があった。しかも、一高の学問水準は高かったので、いっそう勉学に励まなければならなかったのである。

 一高・東大がエリート養成の中心軸であったことを示す証拠として、中村氏は、一高野球部員66人のうち、経歴のわかっている53人(重複を含む)の職業を示している。

 大学教授……10

 社長・取締役……16

 国会議員……4人

 大臣……2人

 医師……2人

 官僚……12人 ※その他の職業が10数人

 野球部員のその後を見ても、これだけのエリートを輩出している学校であるから、スポーツよりも学業に励むという風潮に変化したのは当然のことといえる。

 その後、明治時代の中期から末期にかけて、多くの学校で野球部がつくられ、野球人口も増加した。それとともに、そうした学校の野球部が強くなり、一高の独擅場(どくせんじよう)でなくなっていくのは自然な流れであった。

 余談だが、「野球」という言葉は、一高野球部の2塁手として活躍し、(東京)帝国大学に進学後も一高のコーチや監督を務めた中馬庚(ちゆうまんかなえ)が、在学中の1897(明治30)年に出版した野球専門書『野球』のなかで「ベースボール」を訳したとされている。彼は野球と深くかかわったものの、卒業後は旧制中学の教師や校長を務めた教育者であった。

早慶戦をめぐる悲喜こもごも


 いま見たように、野球が日本に導入されてしばらくは一高の優位が続いたが、スポーツよりも学業を優先した結果、一高はしだいに野球から遠ざかっていく。

 それと時を同じくして、ほかの学校では野球人気が高まっていった。具体的にいうと、アメリカ人の先生がいたミッションスクールの明治学院や青山学院、宗教色のない慶應義塾や早稲田で盛んになっていく。ちなみに、慶應義塾では1888(明治21)年に「三田ベースボール倶楽部」が、早稲田では1895(明治28)年に「早稲田倶楽部」がつくられている。

 こうした流れのなかで、早稲田と慶應義塾によって「早慶戦」がスタートするわけだが、その立役者の1人が、早稲田の初代野球部長、安部磯雄である。安部は同志社英学校(現・同志社大学)在学中にクリスチャンとなり、卒業後は留学を経て同志社教授となるが、学内紛争に巻き込まれ、東京専門学校(現・早稲田大学)に移っている。専門は経済学、思想的には社会主義の信奉者であった。

 この安部が野球好きだったことが、日本の野球の発展をうながし、早慶戦という一大事業に貢献することになる。ちなみに、早稲田が保有する野球場は戦後の一時期まで「安部球場」と呼ばれ、安部はいまでも「学生野球の父」と称されている。

 安部の特色である社会主義と野球に関しては、立教大学から巨人に入団した長嶋茂雄のことが思い出される。新聞の取材で、長嶋が、「社会党が政権を取ると野球ができなくなる」と発言して、物議をかもしたことがある。

 社会主義国キューバでも野球は盛んだし、旧ソ連や東欧諸国では国家が率先してスポーツ選手をステートアマ(国家が有望選手を高給で優遇して、国威発揚のためにスポーツ選手をプロ選手のように処遇するシステム)のようなかたちで育成していた事実を考えると、長嶋の発言はやや不適切であったと解釈できなくはない。
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