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ソチ・オリンピック(2014)−平昌オリンピック(2018) 羽生結弦 連覇の軌跡 会見全文
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第6章 オリンピック連覇への道

『ソチ・オリンピック(2014)−平昌オリンピック(2018) 羽生結弦 連覇の軌跡 会見全文』
[著]アスリート研究会 [発行]ゴマブックス


読了目安時間:29分
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日本開催の世界選手権を初優勝



 2014年3月、さいたま市で開催された世界選手権では、ショートの4回転トウループで転倒し3位と出遅れました。


 しかし、フリーで、国際スケート連盟主催の大会で自身初の4回転サルコウを成功。その後の3回転フリップでエッジエラー判定を受けた以外は、ほぼパーフェクトな演技で総合首位に立ちます。


 総合2位の町田樹を合計得点0・33点の僅差でかわし、逆転優勝を果たしました。日本男子シングル種目では、2010年世界選手権の高橋大輔以来、4年ぶり2人目の世界チャンピオンとなりました。さらに「グランプリファイナル・冬季オリンピック・世界選手権」の主要3大会をすべて制しての3冠達成は、2001-2002年シーズンのアレクセイ・ヤグディン以来、男女シングルを通じて史上2人目の快挙となりました。


オリンピック・チャンピオンとしてライバルを圧倒



 オリンピック・チャンピオンとして臨んだ2014-2015シーズン。度重なるアクシデントの影響により、当初挑戦する予定だったプログラムの難度の変更を余儀なくされました。


 初戦となる予定だったフィンランディア杯は腰痛のために欠場。2014年11月、結果的に今シーズンの初戦となった上海開催の中国杯では、ショートプログラム2位とまずまずのスタートを切りました。


 しかし「好事魔多し」の例えの通り、フリースケーティング前の6分間練習で、中国の閻涵(ハン・ヤン)と衝突をしてしまいました。ただ、このときの日本スケート連盟は、国際試合に医師を帯同させる決まりがなかったため、現場ではやむを得ずアメリカの医師に応急処置を依頼。頭部と顎にテーピングと包帯を施したままの状態で演技に臨みました。


 氷上での接触と転倒による流血事故では当初、時には生死を左右する可能性もある脳しんとうの可能性が危惧されるところでした。そんな中、羽生選手が応急処置だけでけがを押してフリースケーティングに出場したことは、「危険だったのではないか」と、あとで賛否が分かれる事態に発展しました。


 ですが、脳しんとうは起こしていないと現場の医師の診断を受けており、最後まで所定のプログラムを滑りきった羽生選手は、見事銀メダルを獲得。


 もっとも、この演技終了後、顎を7針、頭を3針縫い、表彰式とエキシビションには出演せず、翌日帰国しました。


 帰国後の精密検査の結果、頭部挫創、下顎挫創、腹部挫傷、左大腿挫傷、右足関節捻挫で全治2~3週間と診断を受けました。つまり、1128日に大阪で開幕するフィギュアスケートのグランプリシリーズ第6戦のNHK杯に出場できるかどうか、微妙なタイミングとなっていたのです。


中国杯での負傷を押してNHK杯に出場



 しかし、1127日に開かれたNHK杯に向けての記者会見に羽生選手は参加し、第3戦の中国杯で頭部、左大腿など計5カ所を負傷した事故時の詳細、NHK杯での抱負を語っています。


会見での羽生選手 一問一答全文

──NHK杯の抱負を。

まず、抱負を述べる前に、中国杯でのけがについて、皆さんに心配をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます。けがについては、現地でしっかりと診断を受けた上で出場したので、皆さんあまり深刻にならないように、よろしくお願いします。NHK杯の抱負は、万全な調子ではないために、レベルを少し落とす構成にしています。ただ、僕自身一生懸命頑張って滑りたいと思っています。


──今季のGPはNHK杯で2戦目。1戦目を踏まえて、どういう試合にしたいか。

僕はショートプログラム(SP)、フリー(FS)ともに第1戦から構成を変えています。SPでは今シーズンから挑戦している後半の4回転トウループを、昨シーズンと同じように変えました。なので、4回転トウループを前半に、そして後半にトリプルアクセルと3回転+3回転のコンビネーションを入れる予定です。

フリーに関しては、中国杯のFSでやったのと同じ構成にしたいと思っています。後半の4回転トウループ+2回転トウループのところを3回転ルッツ+2回転トウループにしています。

中国杯を終わってからは、安静にしていた期間が多かったので、戻すという作業にしか手をつけられなかったのですが、構成を変えたり、ジャンプのタイミングが変わったりするなどがあったので、自分のジャンプに近づけることを意識してきました。


──なぜ、NHK杯に出ようという判断に至ったのか。

中国杯で、普通だったら棄権するような大きなケガをしてしまっていたので、みなさんが本当に心配してくれていたのですが、その中でもしっかりと診断していただいて、滑らせていただいた。

ファイナルに出たいという自分の意思を尊重して、滑らせていただけたので、そのときの演技を無駄にしたくないという思いがまずありました。

安静にしている頃は、痛くて眠れなかったりとか、歩くのも大変だった時期もありました。足の痛みが徐々におちついてきて、氷に乗ったときは、やめるという考えも少しありました。

ただ、徐々にやっていくにあたって、少しずつ感覚も戻ってきましたし、最終的には現地(なみはやドーム)で昨日(26日)滑ってみて、ほぼ感覚的には普通の状態に近いという判断をし、(ブライアン・オーサー)コーチと、(日本スケート)連盟のドクターと話をして、出場するということになりました。

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